「よう、まだ生きてたのか」
「そっちこそ、お迎えが遅いみたいさ」
数年ぶりに再会した友が以前と変わらないことを確認して、ふたりは静かに笑った。月明かりだけが寂しく差し込む路地裏を、黒いスーツの男達は静かに歩き出す。懐に得物を隠し持って。
「計画書には目を通したか?」
「いえっさー」
「突入は深夜2時15分、奴らの取引時刻だ」
「おっけー」
ラビの軽い受け答えに多少の苛立ちを感じながらも、神田はこの任務に不安を抱いてはいなかった。組織一切れる頭脳をもち、組織に絶対の服従を誓っているこの男は、たとえ自らの命をなげうってでも任務を完璧に遂行させてくれると確信していた。
「相変わらず目立つもん使ってんだなぁ……」
「うるせェよ」
午前1時57分。
突入前、得物の最終確認をしている神田が僅かに眉を顰める。が、ラビはそんなこと微塵も気にせず続けた。
「ソレ、月明かりが反射して目立つんさ」
「……ビビってんのか?」
「まさか!俺を誰だと思ってんの!」
「フン、……だったらてめェも確認しとけ」
「ほ〜い」
言ってラビは制服の内ポケットから真っ黒なオートマ銃を取り出す。上層部から新人に支給される一番ノーマルなタイプ。彼はもう新人というには汚れすぎていたが、それでも着任当時からこの銃を愛用していた。
『こう、なんつーか………愛着があるんッスよ』
コンビを組んだ当初の横顔が、ハンドガンを愛おしげに撫でる横顔にダブって見えた。あの時は可愛らしかったもんだ、と爺のようなことを考えていた自分に、神田は少し笑いを洩らす。そのごく僅かな空気の振動を、ラビは聞き逃さなかった。
「なにさ?」
「いや、昔の事を思い出していた」
「へー……」
「……お前も、相変わらずだな」
任務直前まで弾を込めないのは昔から変わらないらしい。
「このほうが緊張感が出るから」
ニカッと笑う姿は、子供のようで。
しかしその独眼の奥に光る獣の心を神田は知っていた。ラビは純粋に、人の苦しむ様と血を求めている。組織に拾われた頃は、それはそれは荒んでいて、上の人間達でさえ手の付けようが無かったほどだ。それが神田の下へ廻されてきたときは、どうしたものか、と悩んだものだった。神田は昔にくらべるとだいぶ丸くなった元部下をまじまじと見詰める。その横顔はもう、手を焼かされた根暗のそれでも、自分を抱いた艶かしさの残るそれでもなかった。神田のしらないラビが、そこにいた。そのことを少なからず残念に思う自分が居ることに、彼はまだ気付いてはいない。
「しっかし、でかいビルさ……」
「……相手は規格外の銃を扱っている。気を緩めるなよ」
「いつまで上司面してんのさ」
「……そうだな」
「あらヤダ、ユウちゃん!ちょっと見ない間にずいぶん素直になったのね!」
「ぶっ殺されてェか。」
「そりゃ勘弁。だってディナーがまだっしょ?」
意味深な笑顔に曖昧な微笑を向け、僅かな光を頼りに時計を見つめる。
任務開始時間まであと3分と17秒だ。
「2時間以内に決める」
「はーい」
雲がゆっくりと月を遮りだし、互いの表情も読み取りにくい。
「行くぞ」
「っしゃ!」
ラビが勢いよくマガジンを叩き込んだのと同時にふたりは裏口に向かって走り出していた。最後の月明かりに反射して神田愛用のリボルバー、その銀色に輝くボディーの光が、ひときわ派手に散って。
アフター・ザ・ラスト