ソースの焦げた匂いは、嫌いではない。

ひとで溢れかえる砂利道を歩きながら、高杉は思った。
汗とひとの多さで不快指数はかなり高いし、足元で消えることの無い砂埃は神経を逆撫でさせるに十分ではあったが、それよりも胸の高鳴りのほうが勝っている、などとどうでもいいことを考えていた。食べ物の匂いや周りの人間の浮き足立った様子、暗闇をぼんやりと照らし出す提灯のひとつひとつが、高杉は気に入っていた。祭りというだけで異様に興奮してしまう。隣を連れ立って歩く男に向かってそういうことを言うと、お前は本当にテロリスト向きな性格をしているな、と笑われたのだけれど。
「だったらてめェ、世の中の殆どがテロ好きになるじゃねーか」
「強ちはずれてはいないだろう?今のご時世、テレビをつければやれ殺人だ強盗だなどと物騒なことこの上ないではないか。というか正直、俺はテロリストとテロリストでない人間との境がわからないのだが…」
「日ごろから懐に爆弾隠し持ってる奴は確実にテロリストだろ」
「……護身用だ」
「…そーいやまた電車で触られたって?」
「……誰に聞いた」
「坂本。降りてきてんだな、今」
「陸奥の奴…あれほど他言するなといったのに…」
「無理だろ、あいつらなんだかんだでニコイチだからな」
嘗ての同士やその部下への不平をぶつぶつと零す姿は見ようによっては可愛らしいのかもしれないが祭りの最中においては無粋以外のなにでもないのでやめさせたが、桂の機嫌はあまり回復しなかった。不機嫌なまま一緒に歩いてもまったく楽しくないので、ヨーヨーでも買ってやろうか、と提案してみた。
「いらん。だいたいお前がしたいだけだろう。こんな人ごみでバンバンやってみろ、張り倒すぞ。祭りに来てまで面倒ごとはごめんだ…」
「別にヨーヨーぶつけて文句言ってきた野郎を斬ったりはしねえよ。殴るくらいはするかもしれねーが……まあいい、なにがほしいんだ?」
「なんだ貴様は、彼氏気取りか?言っておくが物で釣ろうとしてもそうはいかんぞ。俺は明日早いんだ。絶対に帰るからな」
言い切りながらも俺に押し切られるだろうことを予想している桂の表情は気の毒になるほどに憂鬱だった。
「なあヅラ、」
「いらんといっているだろう」
「欲しいんだろ、さっきのあの変な人形」
「……なんのことだ」
「入り口らへんの射的の景品、馬鹿みたいに口あけてみてたじゃねーか。欲しいんだろ?俺がとってやろうか?」
「貴様の射撃の腕は酒の肴になるほどだったと記憶しているが?」
「馬鹿言え、あれから何年経ったと思ってやがる」
「ほう!ではお手並み拝見といこう」
偉そうに言った割りに、縁日を引き返す桂の足取りは先程より確実に弾んでいた。同じリズムで
背中で揺れる髪を思い切り引っ張ってやりたい、と高杉は無性に思った。

2008/08/26