どうしても食べたい、と駄々をこねてみた。
敵対している組織の頭同士であるため表立ってそういうことはいえないから、部下に調べさせた奴行きつけの蕎麦屋に自ら出向いて柄にも無くお願いしてみた。次に会ったらぶっ殺す、をかつての戦友とともに宣言した手前必要以上に馴れ合いたくない、などとぶつぶつ言う唇がひどく煩わしいのでこの場で塞いでやろうか、と脅したら奴は渋々を演出しながら同意してくれた。今回だけだからな、という決まり文句を何度聞いたか知れない。面と向かって言ったことはないし、これからも言うつもりはないが、桂は昔から俺にはひどく甘いのだ。
無理をいって連れ込んだので、機嫌を損ねるわけにはいかなった。鬼兵隊の詰め所はいつも人で溢れかえっているのだが、今日は下っ端を捌けさせ、幹部にも台所には近づかないように言い渡す。道中、雰囲気が嫌いだの、貴様らは志士かゴロツキか判断に困る、だの散々なことを言ってくれた割りに桂は結構ノリ気で、炊事場の前に立つとどこからともなく割烹着を取り出した。

「言っとくが、ただの芋粥だぞ」
「ああ、分かってる」

戦時中、食事の当番になると、楽でいいのかなんなのか、桂はたいてい芋粥を作ってよこした。それが特別美味かったわけでもないのだが、今でもたまに物凄く食いたくなる。あの水っぽい粥を、腹に溜め込みたくなるのだ。銀時なんかは食った気がしない、と、本人のいないところで愚痴をこぼしていたが、俺は昔も今もあの粥が好きだった。

ほうほうと湯気が立つ粥は、あの頃食べたものより幾分か米の割合が多くて少し残念に思う。そういうと桂は、奴にしては珍しく結構明るい調子で笑った。

「お前は本当に貧乏性だな」
「うるせェよ。あのしゃばしゃばしたのがいいんじゃねーか」
「俺にはわからんな…正直、あの頃俺がこればかり作っていたのは楽だったからで、不味いとは思わなかったが、特別美味いと思ったことはないぞ。というか、貴様、しっかり噛めよ。全部流し込んでいると後で困るぞ」
「そんなにヤワじゃねーよ。確かに美味くはねーが…たまに食いたくなる味だ」

言いながら空になった茶碗を差し出すと、程ほどにしておけ、と言いながらも3杯目をよそってくれた。

「なら自分で作り方を覚えろ。紙に書いてやるから、」
「知ってるだろう、俺は料理は好きじゃねーんだ」
「だが下手ではないだろう。坂本のよりは食える」
「……素直に美味いっていえねーのか」
「…まあ、貴様の茄子の煮物はなかなか不味くないな」

懐かしむように目を細める姿が、なぜか俺を苛立たせた。

「ていうか貴様、そんなに好きなら本当に作り方を覚えろ。こう度々呼び出されては迷惑この上ないからな」
「度々って…今回が初めてだろうが」
「貴様のことだ、味を占めて月に一度くらいの頻度で使いをよこすに決まっている。というか仮にも御尋ね者が変装もせずに城下をうろつくな。しょっ引かれるぞ」
「てめーにだけはいわれたくねーよ」

三度茶碗を差し出すと、桂は眉間に皺を寄せて、これで仕舞いだ、と茶碗の半分ほどにたぷりと粥を流し込んだ。態々見せられた鍋は、もうすっかり空だった。

「つーか、俺が作りに来いっつったらいつでも来いよ」

桂の眉間が、いっそう深い溝をつくった。

「……なんだそれは、遠まわしなプロポーズにも程があるぞ」

冗談でいったのかどうなのか、桂の顔がマジだったので判別できなかったが、なかなか気に入る回答をよこしたので俺は機嫌がよくなって、口に粥が入っているのも構わず身を乗り出して接吻した。ついでに、口の中の咀嚼しかけた粥をも流し込んでやる。近すぎて焦点が合わないのでよくはわからないが、きっと不快な顔をしていることだろう。けれど奴の、苦しそうな鼻呼吸は幾分か高揚していたから、まんざらでもないのかもしれない。俺のなかのでんぷんが殆ど桂の口内に移って、入りきらなかった、あるいは狙いが外れた液体や米粒は透明に奴の顎へ伝っていく。それを殊更いやらしい感じに舐め取ると、なんとか口内のものを飲み下した桂は不機嫌を隠そうともしない。

「味はどうだ?」
「………噛み掛けをよこすな、ねたねたする」

粥とは本来、ねたねたするものだ。




『いもがゆ』2008/06/26