高杉の、折れそうなほどに細い唯でさえ白すぎる指に今は力が込められていて、一層白くなっている。きっと握った箸をそのまま握りつぶしたいのだろうが、握力が足りないのかそれとも箸を折ったところでなにも解決しないことを知っているのか、はたまた箸を折ることで隣で黙々とほうれん草を咀嚼している男にどやされるのを厭っているのか知らないが、とにかく、高杉の手の中の箸は無事だった。
俺の隣、つまり桂の正面には坂本が座っている。
奴は斜向かいの不機嫌の理由にも気づかず(というより高杉が不機嫌であることにすら気づかないまま)両手を合わせてごちそうさま!のポーズをしたところだった。奴の茶碗にはご飯粒が5、6粒残っている。ブチリ、と高杉の血管が切れた音は勿論しなかったが、仲間内で実は一番身長の低い、けれど態度だけは誰よりもでかいそいつは丁寧に箸と茶碗を置いてから拳を作って勢いよく卓袱台をたたいた。てめェは何遍言わせりゃ気が済むんだ、米粒残すんじゃねーよこのタコ!こう見えて高杉は結構というかかなり行儀作法が出来る奴だった。俺も殆ど同じことを同じ人に教えてもらったから知識はあるのだが高杉や桂ほど流暢には出来ないし、正直なところそうしたいとも思わない。それに、高杉の行儀に関するあれこれは若干趣味的なものも入ってると思うのだが、そんなことはまあどうでもいい。
平謝りしながらも坂本は、食いたきゃてめェが食っていいぜ?的な、空気が読めないにも程がある(というか道徳的にどうよ?)ことを、しかも爪楊枝を使いながら(勿論、手で隠したりしていない。まあ、そんな畏まるような面子じゃねーからいいんじゃねーのと俺は思うのだけれど、一般的にはアウトだろう)のたまったから、ざけんじゃねー!とちびっ子は再び卓袱台をたたいた。まだ湯飲みいっぱいに残っていた桂の玄米茶が衝撃で零れた。湯飲みの主は顔をしかめこそしたが、別に何を言でもない。ということはアレだ、ヅラも概ね高杉の側で異存ないということだ。俺はというと、どっちでも良いんじゃね?という感じなんだが、それにしても、坂本の学習能力の無いことときたら酷い。俺は此処まで馬鹿な奴を他に知らない。ヘッドロックかけられながらもへらへら笑ってる行儀のなっていない男を見て、きっとその場にいる皆がそう思った。
2008/06/07 『600人前後の神様』
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