過激派だのなんだのいわれて、政府からも恐れられている男が、市販の花火セット(398円)とバケツを手にして現れたものだから、桂はたいそう驚いた。
「花火しようぜ」
バケツを掲げて無表情で誘いをかける男にどう反応を返していいものか戸惑ってしまう。子供の頃でさえ余り花火などする事のなかった男が、何故今になって、しかも突然訪れるのか全くもって理解できない。
「……気でも触れたか?」
「触れてねーよ。花火、嫌いか?」
「好きでも嫌いでもないが」
「んじゃ、しようぜ。水と火、もってこい」
小言を言いながらも突然現れた男に言われるまま水と火を用意してやるとは実によく出来た人間だと、桂は自分の事ながら感心した。おそらく子供のころから高杉の突発的な行動や我侭には免疫が出来ているために、今回のような突飛な出来事にも対応できるのだろう。
「それにしても貴様、バケツを持参する必要は無かったのではないか?」
「お前ん家になかったらいけねーと思ったんだよ」
「あるだろう、普通」
「うるせーな、いいだろ別に」
日が沈み、辺りは闇に包まれているとはいえ、目立つ柄の着物を着て煙管を咥えた指名手配犯がバケツを持ってのそのそ歩く姿はあまりに滑稽なようにおもえたが、当の本人が余り気に止めていないようなので深く触れずにいようとおもう。というかそれ以上に、大の大人がネズミ花火だのロケット花火だのではしゃいでいる姿のほうが滑稽だともおもう。しかし意外にも、こういう子供の遊びは大人になってからのほうが楽しめるものなのだ。
「見ろよヅラ、8本咲きだ!」
両手いっぱいに花火を散らして嬉しそうに高杉は笑ったようだったが、8本分の煙でその表情は桂によく見えなかった。ただ、燻したような臭いが鼻と喉を刺激するだけでどちらかというと不快だった。
「風下に行け高杉、煙い…というかもったいないからやめろ」
「おいおい、たかがさんきゅっぱの花火だぜ?ケチんなよ」
「そういう問題じゃない。大体お前は昔から大雑把なんだ」
こちらがしつこく誘ってやっと行事に参加する類だった幼少の頃の高杉は、最初こそ、「餓鬼っぽい」だの「つまんねー」だの渋るもののやはり派手好きなのだ、仕舞いには、6本咲きだ、10本咲きだ などといって両手に花火を持ち走り回っては先生に窘められていた。幼少の頃、桂は高杉が嫌いではなかったが、高杉が花火に参加することを嫌っていた。花火は大事に一本ずつというのが彼の持論である。一度に何本も持って走り回る高杉を許せなかったし、世事にも金持ちとはいえない集団だったので贅沢をしては先生の迷惑になるという考えを幼いながらに持っていたのだろう。どちらにしても、高杉との花火は嫌な行事で、なにが理由だったか忘れたが、いちど花火の場で大喧嘩して以来高杉と花火をするのは今日が初めてだ。
「そういえば昔、」
「あ?なんだ?」
「昔、花火のとき貴様と大喧嘩しただろう」
「ああ、あったな」
「……何が理由だったかな」
「忘れたのかよ?」
「なんだ、貴様は覚えているのか?」
「たりめーだ」
色とりどりの火を噴く花火を両手いっぱいに持って、振り落ちる火の粉で空中に線を描くように走り回るのはなんとも爽快で、子供の頃の高杉は一度に何本持てるか、を仲間内とよく競い合ったものだった。その日、一番持てたのは高杉の10本で、他の奴らはどんなに頑張っても8本しか持てなかったものだから、どうしようもなく嬉しくなって走り回ってしまった。先生が咎めるのに耳を貸そうともせず、火が消えるまでその辺を走り回った。火が消えて、暗くなって、足元がおろそかになって何かを蹴飛ばして倒した。その何かが、桂が育てていた朝顔だった。それだけのことに桂は憤慨し、半べそをかいていた。
『だからやめろと言っただろう!』
憤慨した顔は何故だか今でも覚えているから、当時の自分はよっぽど反省したのだろう。それ以来、高杉が桂と花火をすることは無かった。
「お前の鉢植えを俺が蹴り倒したんだ」
「鉢植え?なんのことだ?」
「お前、朝顔育ててたの、覚えてないのか?」
「……さあ、記憶にないな」
「なんだよ後悔し損じゃねぇか、昔の俺」
ぶつぶつ文句を言いながら高杉は新しい花火を手にとって既に噴射している桂のそれから火を貰う。高杉の花火が勢いよく燃え出した頃、桂の花火が終わったものだから、桂は軽く眉を顰めた。
「それで、昔のお前は俺に謝ったのか?」
「なんだ、謝ってほしかったのか?」
「あたりまえだろう」
「へー」
「謝らないのか?」
「……こんど朝顔買ってやる」
「いらん」
高杉は喉の奥で笑った。つられて桂も静かに笑った。
『花火と朝顔』2008/3/17修正 |