つい数秒前、籠にいっぱいの果物を抱えて現れた男は今俺に組み敷かれている。こういう状況を予想していたはずは無いのにその男は別段慌てた様子も無く、唯、畳に転がる果物と、それらから染み渡る果汁を見て不快そうに眉を顰めただけだった。何のまねだ、高杉。
嗚呼、そういういかにも余裕な態度に俺が苛立つことをこの男は理解しているのだろうか。今こうして年上の余裕を見せても、もしかしたら今から俺に嬲られるかも知れないのに。それとも、もうそんな体力も残っていないとでも思っているのだろうか。それならばそれは大きな誤算だと思い知らせる必要がある。
「退け、重い」
この状況で頬ひとつ染めることも、まして先に起こりうる事態に怯えることもなく、何処までも無表情で無関心な男に腸が煮えくり返る。抱かれ慣れているのだろうか。その悦びを教えたのは俺だというのに、俺の知らないところで、俺の知る者達に抱かれているのだろうか。俺は男の白い首に手を這わした。皮膚を通して、鼓動を感じる。いつにもまして無抵抗なこの男の、この柔らかな首に指をめり込ませば、決着などあっというまにつくだろう。数分と経たず俺だけのモノになり、そのことに俺は満足して逝くことが出来るだろう。指先に少し力を加えると、流石に危機をかんじたのだろうか、桂が口を開いた。何のまねだ、高杉。
先程と違わぬ台詞、違わぬ口調。違うのは俺を見上げる視線が随分とやさしくなったことだけ。唯それだけで、其の目に見つめられるだけで、指の力を緩めそうになる弱い自分がいる。悔しい。情けない。
「………晋助」
声帯の振るえが直に指先に伝わる。どうしようもない愛しさと、憎らしさが相まって。急に、如何すればいいか解らなくなってしまった。
「ずるい奴………」
「なにがだ?」
「全部だ」
男の唇が形よくつりあがる。貪ろうと近づけた口が、しかし触れ合うことはない。ぎりぎり触れない距離で、意味のないことをつぶやいた。どうにも、この男には人の心理を揺さぶる何かがあるような気がしてならない。
「なァ、ヅラ。お前は俺が死んだら他の男に行くんだろ」
「……さあな」
「ずるい奴………」
俺はお前しかいらないのに。
俺にはお前しかいないのに。
よっぽど間の抜けた顔でもしていたのだろうか、突然男が声をあげて笑い出したものだから、呆気に取られて力を緩めてしまった。仮にも貴公子などとよばれる男がその一瞬の隙を見逃すはずも無く、するりと、押さえつけていた腕の間から抜け出られてしまう。今簡単にやってのけたように、俺が死んだら簡単に抜け出て、他へ行くのだろうか。
「なァ、…小太郎………」
「高杉、俺を繋ぎ止めたいのならそれなりの努力をしてみろ。……まったく、何に怯えているのか…最近貴様は接吻のひつもの寄こさないからな」
男は落ちていた林檎を掴むと美味そうに齧りながら、これ以上ないような笑顔で告げた。
「だから貴様は餓鬼だというんだ」
『餓鬼』2006/12/21 |