立ち昇る紫煙と自分が愛して止まない香りに脳内を侵食されても、眠りにつくことは出来なかった。高杉はゆっくりと目を閉じ、ひとつため息をつく。身体はどうしようもなく疲れているのに、ここ数日眠れない日が続いている。理由などわからないし、別に知りたくも無いが、布団に入っても意識を手放せないのはなかなかに辛いものだった。運動不足かと思っい女を抱いてみたがやはり眠れず、隣で満足げに眠る花魁を恨めしく思うだけにしかならない。『一錠ぐらい呑みはったら?』女が用意した錠剤と水差、情事に至るまで使用していた猪口が枕元に並べられている。
今はそうでもないが、幼い頃は身体が弱かった。その上、薬に大層弱かった。この場合、弱いというのは副作用云々ではなく苦手ということだ。しかし昔からプライドが高かった高杉は、銀時や坂本の前では錠剤も呑める風を装っていたため毎回、ようやっとふたりが寝静まった頃にそのころには熟睡している桂を起こし、粉薬を水で溶いて呑ませてもらっていた。何時も何時も悪いな、と謝ると桂は必ず少し困ったように笑って言うのだ。『呑めないものは、仕方ないだろう』それでも尚謝る高杉に今度は少しだけ厳しい面持ちで。『そう思うのなら体調管理を怠るな』と。そういう、嫌味でない程度の対応が好きだった。
恥ずかしいことに今でも高杉は薬が苦手だった。
口の隅々にまで入り込む苦い粉薬は勿論、呑めそうで呑めない錠剤も嫌いだった。故に近頃は体調管理に気を配り、風邪を引いても自力で治癒できるよう努力した。だが、残念なことに今は状況が違う。高杉は恐る恐る水差に手を掛け、猪口に注ぐ。空いたほうの手で錠剤をつまみ暫く見つめると、目にも留まらぬ速さで口の放り込み水を流し込んだ。喉から食道を異物が通過するのがわかったが、其処から先はわからなかった。只、一粒とはいえ錠剤を呑むことが出来たという達成感に満たされ、翌朝、花魁に揺さぶられて自分が眠っていたことに気付いたのだ。という話を久しぶりに逢った桂にするといつもよりも少しだけ大きな声で笑われた。
「そうか、貴様にしてはよく頑張ったな」
子供にするように頭を撫でられるのは少々癪だったが、今日は機嫌がいいので許してやろうと思う。
『くすり』2006/8/17
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