クールビズだなんだというけれど結局のところ暑いのは暑いし、会社の冷房もそんなに弱くない。どうせならTシャツで勤務させて欲しいと思うけれど生憎ウチはそういうタイプの会社じゃなかった。
じりじりと照りつける日光に煌いた左腕の時計は、既に昼休みの4分の1が終了したことを示している。この時間じゃ社食は混んでいるだろうな、とため息とともに目に付いた有名コンビニへ向かった。午前中は外回りだったのだ。
ドアが開く。いらっしゃいませ、の声とともに心地いい冷気に包まれた。天国みたいだった。けれど残念ながら汗が引くまで涼んでいく時間は無かったので冷やし中華を手にレジへ。客とコンビになることをキャッチフレーズにしているその店のひとりきりの店員(男)は、多分夏休みの学生だろう。愛想良くあいさつしてくれた。ところで、オレの視線は彼の真っ黒に日焼けした腕にむいた。日サロ産かと思うほど均等に黒くなった腕は、けれど彼が冷やし中華を袋に入れた瞬間に天然物であったことが判明した。半袖の制服からすこしだけ見えた二の腕上部の肌の色は、驚くほどに白かった。その時点でオレが彼を野球小僧だと判断したのは早計にも程があると思わないでもないのだが、けれど彼が野球部に所属しているだろうという確信を持っていた。理由はわからないし、根拠もない。けれどなんとなくそう思った。彼が頭を丸刈りにしていたからかもしれない。

「ありがとうございました」

最近のダラダラしたコンビニ店員に似つかわしくなく深々と頭を下げて、彼は元気良くそういった。その瞬間、フラッシュバックのように、あの日の泥と汗と涙に塗れた花井がオレの意識に浮上してきた。あの日あいつは監督や顧問への感謝の挨拶とは別に、マネジや後輩を含むオレたち全員に向かって頭を下げた。皆泣いていた。俯いたまま顔を上げようとしない主将にならって、皆泣きながらお礼を言った。あの日のあいつの「ありがとう」の、その声の大きさとか振るえとか詰り具合とかまで全部、鮮明に思い出せる。オレにとって、オレらにとって、あいつの「ありがとうございました」は今でも切なくなるほどに心の奥で響いている。
ドアが開く。再び夏の日差しの下に顔を出せば、オレはもう普通の会社員だ。

2008/07/16