半袖では寒すぎるほどに冷房の効いた電車の中で、私はすこし震えていた。窓から外をみると空は今にも泣き出しそうにどんよりしていて、きっと湿気が酷いんだろうな、なんて、今朝苦労してまとめてきた癖毛を指に絡める。無意識にため息が出て、ため息をついてしまった自分を嫌悪する。どうにも、テンションが上がらない。生理が近いのかもしれない。
ぐらり、と隣の人が私の肩に圧力をかけて、けれど私は逆サイドの人に軽くもたれる様にして力から逃れた。電車が停止して、ドアが開く。想像通りむわりとした空気と一緒に入ってきたのは多分私立高校の学生達だった。スポーツバッグに高校名とともにBASEBALL CLUBの刺繍をみつけて、私の視線は彼らに引き寄せられる。懐かしい匂いがした。
カッターシャツに身を包んだ学生達は皆真っ黒に日焼けしていて、びっしょり汗をかいていた。今日の試合のスコアを見直している真面目な子もいれば、涼しい!とか一生電車で生活したい!とか笑いながらじゃれあう子達もいる。一番小柄な男の子が一番賑やかで、今はもう立派に成長した私達の4番を思い出した。彼らに近い席に座っている男性が迷惑そうに顔をしかめて、それに気が付いた一人が慌てて静かにするように言うけれど、口を閉じていられたのはせいぜい20秒くらいで、結局またすぐに車内は賑やかな笑い声で満たされた。
私はただ呆けて彼らを見ていた。彼らは皆笑っていた。勿論、悩みもあるのだろうけれど、それでも今この瞬間を彼らは精一杯楽しんでいるようにみえた。自分はどうだったか思い出そうとして、やめた。特に理由は無いけれど。
しばらくして、彼らは降りていった。乗り込んできたときと同じように笑いながら。夏の匂いをまといながら。待って!と、言いたかった。勿論、言わないし、言う理由もわからないけれど、けれど彼らを呼び止めたかった。あの子達と私との間にはどうしようもない時間の差が横たわっているというのに。再び静寂を取り戻した電車の中で私は、はねだした髪を意味もなくもてあそんだ。どうしようもない懐かしさと、悔しさと、あとなんだか言葉では表現できない感情がこみ上げてくる。

2008/07/15