7組教室、昼休み。
窓際後部、捕手と左翼手の机に隣の列からひとつ椅子を拝借して、首脳陣3人が顔を突き合わせていた。今日の議題は練習法の改善と予算のやりくりについてだったのだが、前者はともかく後者は監督から財布を預かっているといっても過言ではない敏腕マネジがいないとなかなか話が進まない。予め昼にミーティングをすると知らせていれば勿論篠岡は快く昼休みを呉れたのだろうが、まあ、なんというか、言い忘れていたのだ。彼女は昼休みは基本的に食堂に居るから呼びに行ってもいいのだろうけれど、それではあまりに迷惑だと思った。篠岡にも篠岡の付き合いがあるんだから、と言った栄口は、けれどなかなか進まない議題にため息をつき、阿部は4限の眠さが残っているのか、机に突っ伏している。オレも寝ようかな、と花井が視線を落とすと、それとほぼ同時にガツンと重たい何かが机の上に落ちてきた。もとい、力強く置かれたのは、新品の、誰しも一度は飲んだことのある初恋の味と、同じくまだ一度も開けられていないペットボトルの水(1.5リットル)だった。驚いた栄口やそれ以上に驚いた寝起きの阿部とともに、それら2つを掴んでいる腕をたどると、この机の主でもある左翼手と、今オレらが一番会いと思っていた美人ともっぱらのうわさ(らしい)マネジだった。ふたりとも、満面の笑み。

「なにこれ」


寝起きの阿部が少し枯れた声で尋ねると、やはりにっこりと異口同音。花井家のユニゾンまではいかないが確りとハモって、誰もが知ってる固有名詞。

「それはわかってるっつーの。オレが訊きたいのはなんでいきなりカルピスと水持ってきてんの、ってことだよ」
「えー、阿部知らないの!?カルピスはお水で割るんだよ!」

水無しじゃ飲めないよねー、と笑いあうふたりは元から結構仲がいい方なのだけれど今日は輪をかけて息が合っている気がする。えらくご機嫌な篠岡が効果音付きでどこからともなく取り出したのは紙コップだった。オレが持ってきたのー、と言いながら水谷が注ぐ(というより垂らすといったほうがいいかもしれない)原液を受け取る。

「さあ問題!今日は何月何日でしょうか!」
「はぁ?7月…何日だっけ?」
「7日だろ。昨日部室の笹に短冊つるしたし」
「あー、七夕かぁ…で、カルピスと七夕は何の関係があんの?」
「よくぞきいてくれましたキャプテン!」
「あのねー、カルピスは、今日が誕生日なんだよ」
「ということで!今日はカルピスパーティー!略してカルパ!」

へえ、と驚いてみせたのは栄口だけだった。7組の首脳陣は水谷たちのこの手のイベントには慣れているのか、反応がいまいち薄い。しかし水谷たちも、この反応には慣れているようで、ひるむどころかさらに推してくる。

「だからこの水玉模様は天の川なんだよ」
「へえ」
「オレ、天の川ってみたことねーわ」
「私もないなあ」
「てゆーかいつも雨じゃね?」
「あ、そー言われればそうかも」

篠岡からペットボトルを受け取った栄口が均等に水を注ぎながら、笑った。

「七夕は本当は旧暦の7月7日なんだよ。今でいうと8月7日。もうさすがに梅雨も明けてるし、綺麗に見えたんじゃないかな。七夕が雨とか曇りとかばっかりなのは、今の7月がまだ梅雨明けしてないからだとおもうよ。」

喉が渇いていたらしい阿部があっという間に紙コップを空にして栄口を見た。なんでお前そんなの知ってんの。

「中学のときに古典で俳句の授業しただろ?あれで七夕は秋の季語だって習ってさ。興味でて。なんとなく調べてみたらそーゆーこと書いてあったんだよ」
「なんとなくで調べ学習……お前、それって優等生がすることだぜ……」
「ていうか古典好きすぎだろ」
「栄口君は古典いつも85以上だもんねー」
「えええマジ?そんなとれんの!?すげー!」
「てゆーか水谷、おかわり」
「……オレ、阿部って絶対亭主関白になると思う」

水谷を黙殺して栄口からボトルを受け取った阿部は、水を、ほんの少しだけコップに注いだ。

「え、……濃ッ」
「オレ、こっちのがすきだもん」
「濃いよ阿部!それは濃い!喉痛くなりそう!」
「うっせーな!濃いほうが美味いに決まってんだろ、なあ?」
「そりゃあ薄いよかいいけどさ…でもそれってほぼ原液じゃん…さすがにオレ、そこまではしないよ。なんか…身体に悪そう…」
「てゆーか薄いのも美味しいよ?」
「あーオレも薄いほうが好きかも。氷とか入れたいし」
「花井ぜーたく!」
「なっ…!なんでだよ!どっちかってーと質素な飲み方だろ!?」
「ああ、氷で薄めるから?」
「えーそれってなんか矛盾してない?」
「お前は”矛盾”言いたいだけだろ、それは」
「てゆーかもう昼休み終わるけど…部費の話……」

「あ。」



『窓際1時、初恋の味』2008/7/7