なんだかんだで和解は出来た榛名とは今でもたまに連絡を取るのだけれど、アイツはどんなに自分が危うい状況になっても弱音を吐いたりしなかった。辛いことも嫌なことも、全部ひっくるめて楽しんでいるようで、あの頃の榛名が今に繋がっていることをオレは改めて思い知った。辛くないですか、 と一度尋ねたことがあるのだけれど、そのときアイツは笑って言った。こんくらいの覚悟はしてた、と。オレに、未来を受け入れられる覚悟はあるだろうか。


                * * *


結局、栄口は親の薦めもあって奨学生になる道を選んだ。他の奴も、泉も進路をおぼろげながら確立させていて、だからオレは完璧に出遅れた状態になるのだけれど、あまり気にならなかった。進学校の端くれだからだろうか、クラスでひとりだけプリントを提出しなかったことが担任から親に連絡されて、その日の夜、オレは久々に父親と向き合った。何になりたいんだ、 と尋ねられたから、分からない、 と正直に答えると親父は爆笑してオレの肩をたたいた。

「お前は真面目すぎるんだよタカ、今決めなきゃいけないことはいっこもないんだから、大学行ってからでもいいだろ。問題は、将来のお前がそのときの現実を受け入れられるかどうかだが、オレはお前にはその覚悟が十分あると思ってる。18年、お前のこと見てるんだから間違いない」

笑いながら親父は、久しぶりに一緒に風呂に入ろう、 と続けたが、そこまで青春するつもりはないので断った。


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「お前さ、『耳をすませば』観てみ?」

部活後、巣山は真面目な顔でそう言った。

「観たことあるよ、本描く話だろ」
「またザックリと……だいたいあってるけど。でも、お前そん時進路迷ってなかったろ?今観たら印象違うかもよ。さすがにあの映画のなかに答えあるわけじゃねーだろーけど…つか今オレ結構カッコいいこと言ったよな?」


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いろいろ考えた。進路の部屋とかにある職種の本も読んだし、親父やみんなに言われたことを思い返してみたりもした。けれど、何度考えてもやりたいことは見つからない。だから要は、今やりたいことはないということだ。ならどうしようか。とりあえず就職?とりあえず進学?けれどどうにも、これでいいのか、 という気持ちが先行してしまう。昔から、”とりあえず”の行為はあまり好きではなかった。成長してねェな、 と呟くと、隣でテレビを観ていた弟が首をかしげた。

「兄ちゃん成長してんじゃん」
「………どこらへんが?……テメ、身長とか言ったらぶっ飛ばすぞ」
「違うし!!!オレ知ってんだよ、兄ちゃん高校入りたての頃三橋さんに首振り禁止って言ってたの!!ほら、今は違うでしょ?それって成長じゃね?」
「……つかなんでしってんの」
「忘れたー」

確かに、そういうところは成長したと思う。高校入りたてのときは投手のことあんまり信用できなくて、でも三橋はオレの期待に応えようとしてくれて、だからオレは三橋のことを信頼できるようになった。でもそれって三橋が凄かったんじゃねーのか。オレの成長っていっていいものなのだろうか。

「ね?精神的にオトナになってんだよ、絶対。信頼するっていいことだよねー。すばらしい成長だよねー!」

つかオレ今すごいいいこと言ったよね! と、先日の巣山のようにはしゃぐシュンが持っていたポッキーを頂いて(「ちょ、兄ちゃん!これオレ自分の金で買ったんだから!!」)そのまま部屋に帰る。
確かに、シュンの言うとおりかもしれない。オレは、高校に入って、野球部に入って、人を信頼することを覚えた。それはアイツの言うとおり、確かにすばらしい成長だった。



2008/05/15『Goodbye Mr Low Power!!』