メールに気づいたのは21時を過ぎた頃だった。
1時間ほど放置していたことになる。そういうことをいちいち気にしない性格の持ち主だとは分かっているけれど、とりあえず謝ろう、そう思って電話をかけると、やけにテンションの高い声で応対された。音割れするほどにでかい、全然気にしてないよーっ! という声は本人の言うとおり、まったく気にしてない雰囲気が出ていて、安堵したのだけれど同時に物凄く不安になった。彼女のテンションはたいてい高校野球関連で高くなるのだけれど、今はそんなシーズンじゃない。ということは今現在彼女が素面でない可能性があるということで、今彼女と一緒にいるメンバーも同じような状況なのだとしたらそれは結構な迷惑トリオなのではないだろうか。あいつらにとって、いや、西浦高校初代硬式野球部の面々にとって、篠岡千代は同中出身の栄口と並んでストッパーのような存在だった。最後の砦というやつだ。その彼女が普段の態度からは考えられないほどにはっちゃけているということは、一緒に居る奴らを止める存在が居ないということで、あいつらもいつまでも子どもじゃねーんだから、 と分かっていても悲しいかな、3年間の主将生活がオレに”責任”という二文字を呼び戻すわけで。電話越しの水谷の「花井がこなきゃ寂しくて死ぬー!」という声のおかげで久々に感じる胃痛に苦しみながら、仕方がないので彼女の指定した場所に向かったらば。
このありさまだ。
テレビが備え付けられてある個室で、篠岡と阿部は野球観戦(今日はホームのようだ)、そしてあぶれた水谷はゲームをしていた。モンハンだった。オレの姿を確認するなり抱きついてきたハンターからは酒のにおいしかしない。テレビにかじりつくようにしている(姿が幼い頃の双子を思い出させる)ふたりはいつもの冷静さはどこへやら、他の部屋の迷惑も顧みずヒッティングマーチを熱唱。安打がでたならハイタッチ。盗塁できてもハイタッチ。や、それはそれで微笑ましいんだけどさ、お前らもうちょっと周りのこと考えろよ、といいたいわけで。
水谷の愚痴と今日の合コンの話を聞きながら、オレはウーロンハイを飲む。1年7組のちびっこどもは連敗から脱した贔屓チームのお立ち台を真剣に観ている。(篠岡の、「よっ、男前ー!」といういかにもオヤジくさい掛け声は聞かなかったことにした。…のに阿部はオレの気遣いをことごとく台無しにする)
「お前、それオッサンじゃん」
「ひどい!阿部君こそ、おじさんに似てきてるよ」
「えーうそ……泣きそう。オレ今日いろいろすげー泣きそう」
こちらも酔っ払っているのか突っ伏しながらひくひくと笑う阿部は、篠岡がさりげなく自分の父親を貶した(つもりはないだろうけれど)ことに気づいていない。向かいに座る水谷はもう何度も、合コンで篠岡を発見したときのくだりをループさせている。ちょっと本気でウザい。そして阿部、泣きたいのはオレのほうだ。
ところで、オレは明日普通に1コマ目から授業があるわけで、けれどもこんなへべれけな友人たちを放って帰るわけにもいかず、結構普通に困ったので栄口に電話したのだがつながらなかった。
「でさあ、どっかでみたような娘が居ると思ったらしのーかだったの!もうあれにはたまげたねマジで!しかも阿部に頚動脈キメられるしさ!」
「アハハハっ、ばっか水谷君!何回同じ話してんのー!」
「え?バカ?うっそ、ねえ、今もしかしてバカっつった!?しのーかが!?あの可愛かったちーちゃんが!?信じらんない!つかさー、ねー聞いて!オレ、そいで、そいでねーオレ、阿部に頚動脈…」
帰ろうかな、と本気で思う。帰りたいな、と切実に願う。でも正直に言うと、オレは篠岡に逆らうのは(栄口に逆らうのと同じ意味で)ちょっと苦手で、ついでに言うと依然伏せたままの阿部に服のすそを握られているので勝手に帰るわけにもいかない状況で。
「お前マジ…、今こいつらおいて帰ったらぶっ殺すからな」
「……オレ明日朝から学校なんだけど…つかお前も酔ってるだろ」
「酔ってねーよ。つか1回くらいサボってもどーってことねーだろーがこのハゲ。逃げんなよ、ぜってー逃げんなよ。オレはお前より足速いんだからマジ追いかけて殺すからな。鎖骨折るからな。あーでもアレだ、もしオレがお前に追いつけなくても篠岡が居るから余裕。どのみちハゲは死ぬ運命だぜ…?」
なにをそんなに余裕と自信に満ち満ちる必要があるのかまったくもって謎だったが阿部も酔っていることは間違いない。ちょっと本気で泣きそうだ。栄口栄口、と心の中で念じる。助けて栄口!ていうかこの際誰でもいいから助けて欲しいホント!けれど念じるだけで物事が解決するわけはなくて、だからオレは至極まっとうな意見をここに提案する。
「……なあ、今日はもう帰ろうぜ?」
「やだ」
篠岡は満面の笑みを浮かべて、水谷は泣きそうな顔で、阿部もすこし泣きそうな笑顔で、異口同音。途端に言葉に詰まってしまうからオレも困った性質だ。なんだかんだでこの3人には敵わないことを再確認しつつ、とりあえずもう一度栄口に電話してみることにした。胃が、キリキリする。
2008/04/19『可愛さはときに犯罪』
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