その瞬間、オレは固まった。
隣の阿部の動きも止まった。きっと頭の回転もフリーズしてるんだと思う。まあ無理も無い。だってオレだってびっくりだ。というか、ついでにいうと、オレの斜め前、阿部の正面に座る女の子も確り硬直していた。そうして、3人のうち誰一人現状についていけないうちに、オレと彼女は口元に引きつった笑みを浮かべて、阿部はぶっちぶちにキレてる表情を隠しもしないで、合コンという試合は始まった。

とりあえず自己紹介。
無邪気に笑う女の子たちは実は最初の数分で獲物を決めている、 といつだっかオレに笑いながら言った本人はけれど確実に定めかねている表情だった。困らせてごめんね、わざとじゃないんだよ、 とは心の中でだけ言って、ビールとジンジャエール(阿部は酒あんまり飲まないし、ウチの後輩は未成年だからね)で乾杯。いつもどおりの合コンぽいテンションを意識しすぎてはりきってるといつのまにか幹事みたいなポジションになってしまった。ということはアレだ、今回は諦めるしかないということだ。まあ、こんな、ある意味母や姉以上に身近だった女性が居るところで他の女を口説けるはずも無いし、それはいいんだけど、それよりも気になるのは未だに口数の少ない阿部だ。ジンジャエールがぶ飲みしてる彼はきっと、2次会には行かないだろう。かといって女の子と一緒に抜けることもないはずだ。というか多分、会場の手配だけして帰ろうとするオレを路地裏に連れ込んでタコ殴りにする気満々だ。そういう顔してる。阿部とオレの顔を交互に見て、斜め前の女の子はくすりと笑った。友人のひとりが彼女に話しかけて、オレと阿部もお喋りに参加するけど、やはりというかなんというか、どうにもやりにくい。

しばらくして、女の子たちが連れ立って化粧室に向かった。その隙にする話といえば勿論誰が可愛いとかそういう話だけれど、話題に入る前に阿部が肩を組んできた。や、肩を組むっていうかむしろ腕で首絞められてるんですけど、でもまあその理由に物凄く心当たりがあるので抵抗しにくいわけで。阿部はオレの耳元で、無駄にドスの利いた声で、数年前にすこしの間だけ呼ばれていた呼び名を口にした。

「おいナイバッチ水谷」
「……なんでしょうか…つかごめん頚動脈キマッてるんだけど」
「オレは本当なら今日は家でゆっくりナイターだったんだよ」
「うん、知ってる……知ってます、はい……あべ、マジ苦し…」
「それをどこぞの米野郎に『急にひとり無理になったからお願い!!』とか言われて?『同じ高校のヨシミじゃん!同クラだったじゃん!』とか言われて?仕方ねーから他学部の連中の合コンに人数あわせで来てやったってのに?…オイてめェマジ、この展開はなんなんだよ?」
「や、…フミキ的にも予想外というかなんというか、よりによってというか…ね?や、大学名聞いたときにさ、チラっと、そういえば同じ大学だなァとか思ってたんだよ?でもさホラ、オレってばこないだ別れたばっかじゃん?だからさ、『え、マジ?●●大の女子だったらちょー頭いいじゃん!』って考えが先に来ちゃってね?…ちょ、怖いよ阿部その顔。ほ、ホラ、結局オレも今回はアレだしさ、恨みっこなし!ね?」

すごい怖い顔して、ね、じゃねーよ! って怒る阿部はもしかしたら今回本気で彼女を探そうとしていたのかもしれない。だったら非常に申し訳ないけど、でも今回はホント、オレもびっくりだから許して欲しい。阿部はジンジャエールを飲んで、ちょっと泣きそうな表情になった。流石にこの歳でこんな理由で泣いたりしないだろうけど、高校の3年間で阿部の涙は何度か観てるから一瞬ギクッとした。

「……帰りてー」
「えええ?!お願いそれはやめて!今帰られるとしらけちゃうよ!ていうかホラ、もしあっちに阿部狙いの娘が居たらどーすんの!?もったいないよ!?」
「無理。つかお前こそどんな神経してんだよ。こんな授業参観みたいな状況…絶対耐えられねぇ……」
「授業参観……うまいこと言うなぁ」
「感心してんじゃねーよクソレ。どーすんだよマジ。あーもー泣きそう」

机に突っ伏した阿部は意外というかなんというか、耳までほんのり赤くしていて、阿部にとっても彼女は身内のような存在だったと確信した。けれどここで慰めるのもアレだしどうしよう、 とか思っていると逆サイドに座ってた同じ学部の友達が持ち前の気さくさを全開に話しかけてきた。

「水谷たちは?誰がいいかんじ?つかみんな可愛いよなー今回マジアタリじゃね?オレさあ、絶対リサちゃんがいいわー。お姉さんって感じですげーいい。つかさ、ミサトちゃんとかは?水谷好みじゃん?」
「あーでもオレはねー、今回はパスかなー」
「マジ?じゃあ、阿部は?」
「オレも今日はちょっと……」

苦笑いのオレたちに他の奴まで食いつく。

「マジかよ!?理想高すぎねー?」
「つか阿部ってどんなんがタイプなの?」
「……色白」
「じゃあさ、チヨちゃんは?あの娘小柄で可愛いじゃん!」
「……あー」
「……チヨちゃんて…」

ますます微妙なテンションになってしまったオレたちを他所に、会話は少しヒートアップ。つかさ、そろそろ女の子帰ってくるよ。

「ちょ、今オレがチヨちゃん狙うっつったばっかだろー!?」
「マジかよ!まあ清楚で可愛いとは思うけどさー、オレもうちょっとアウトドア派のほうが好きだなー。だからマリナちゃん」

マリナちゃん狙いな友達にチヨちゃんの恐るべきアクティビティさを教えてやろうかと思ったが話がややこしくなるのでやめた。阿部も微妙な表情をしている。もしかしたら阿部も、チヨちゃんが脅威的な俊足でガリガリが大好きで実は力持ちで超がつくほど高校野球のオタクだということを教えようとしているのかもしれないが、やはり思いとどまったんだろう、ジンジャエールを一口飲んだだけだった。

狙いを定めた女の子たちが微妙に席を替えて着席。
阿部の前には目がくりくりしたショートボブの女の子が座って、チヨちゃんはオレの前だった。ふたたびお喋りしながらの食事。阿部は前の女の子に適当に相槌を打って、さっきチヨちゃん狙いだっていってた奴は、違う女の子(たぶん、リナちゃん)に質問攻めにあっていた。仕方がないので、っていうわけではないけど、オレは目の前の女の子とおしゃべりをする。ちょっと、というかかなり微妙な雰囲気の中で。

「チヨちゃんはサークルとかはいってんのー?」

一瞬目を丸くしたチヨちゃんは、こうみえて結構ノリがいいからすぐにテンションを切り替えた。大きい目がきらきらして、新しいおもちゃみつけた子どもみたいだった。阿部が微妙な表情で「チヨちゃんて…」と呟く。高校時代、ふざけて”千代ちゃん”とか ”ちー”とか呼ぶことはあったけど、こんなにナチュラルに呼んだことはなかったから、すごい新鮮。

「ううん、バイトばっかりなんだよー。フミキくんはー?」
「オレはねー、野球部なんだよー」
「へえ!意外だねえ!」

結構大根役者なチヨちゃんを、阿部が鼻で笑った。(オレは笑うの堪えてたのに!)「今鼻で笑ったでしょー!?」ってチヨちゃんが食いついて、その後はなんだかリラックスして会話が出来た。傍から観たらオレらふたりともチヨちゃん狙いに見えるかもしれないけど、今回はそういうのはもうどうでもいい。阿部に飽きた女の子は、今度は違う奴に狙いを変えたみたいだった。5対5の合コンだったんだけど、三角関係っぽいオレらとあぶれた(というかもしかしたら人数あわせに駆り出されたっぽい)女の子以外はなんだか良い感じになって、それぞれが番号を交換したりしてる間に阿部とチヨちゃんが出来たてカップルよろしく、「先に帰るね」と集団を離れた。

数分後、オレは野球オタクふたりが待つ居酒屋へ向かう。



2008/04/12『世間って意外と狭い』