[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。






2月の中頃くらいからミーティングの議題は『如何にして彼女の誕生日を祝うか』 で持ちきりだった。勿論、部活中ではない。昼休みに首脳陣が中心となって行う、自主的な会議の時間のことだ。自然、会議室は7組の教室になるのだが、篠岡は花井や阿部に呼ばれない限りは友達と食堂に行っているので、そういう意味でのセキュリティに問題は無い。唯、誕生日を祝うにあたって、違う意味のセキュリティには多少の不備はあるように思えた。
三橋をはじめ、なんだかんだいいながらもみんながされてきたように、家に押しかけて(あるいは三橋家を会場にして)盛大にパーティーを開くわけにはいかない、唯一にして最大の理由は、彼女が女性であることだった。

や、べつにみんな篠岡のことヤマシイ目で見てるわけじゃないよ、当たり前だけど。でも野郎10人が女の子ひとりを囲んでお祝いする図はちょっとアレな気がしたから、7組メンバーを中心に何度も会議を開いたわけで。けどどうにも意見がまとまらないうえに、身内以外で同年代の女性の誕生日をしっかり祝ったことがあったのが(意外にもっていうのは失礼だけど)二遊間コンビだけだったから、監督の意見を参考にさせてもらって、…結局、個人で祝うことになったんだけど、部活以外で付き合いの無い連中はみんな、田島と三橋に倣って『1日女王さま券』とか『ひとつだけなんでも言うこときく券』とかをあげていた。
ただ、(確認したこと無いから実際のことはわかんないけど)多分小学校から付き合いのある栄口は篠岡を某ホテルのケーキバイキングに誘っていた。ほんの少しだけうらやましく思って見てると、栄口が笑って、水谷もどう? って誘ってくれたから遠慮なく御呼ばれすることにした。おじさんが丁度チケット3枚持って帰ってきたらしい。それってもしかしなくても姉弟分なんじゃないの? って尋ねたら、お姉さんはダイエット中で弟は風邪だって。なんか申し訳なくなったけど、ありがたくいただきます。
阿部は篠岡が撮り逃したといっていたちょっと前の高校野球のビデオをDVDに焼いてあげていた。正直、このプレゼントを篠岡は一番喜んでいたように思う。そのときの阿部を見上げる篠岡の目といったら、まるで神様をみるようなものだった。阿部の篠岡への視線も、戦友に向けるような感じだった。7組野球部のちびっこふたりは、野球オタク的な面で物凄く気が合うのだ。プロ野球でも贔屓のチームが同じだから、シーズン中のふたりの熱弁ときたら若干ウザくなるくらいだったんだけど、でも花井はちびっこふたりに甘いから、オレ相手にするみたいに「ウゼー」とは言わない。これって明らかに贔屓だと思う。
で、その花井主将はというと、同じクラスだっていうのに、やっぱりこういう行事は苦手みたいで、『ひとつだけ券』を渡していた。篠岡笑ってたけどさ、オレが篠岡だったらちょっとショックだよ、アレは。
ちなみにオレは、下校途中の話のなかで前々から欲しい欲しいと聞かされてたアーティストのアルバムを買ってあげたら、篠岡はすごく申し訳なさそうに手を合わせた。

「ごめんね水谷君、なんかおねだりしちゃったみたいで…」
「いいよ。そんかわり、オレにも貸してねー」
「うん!」

ちゃりちゃりとチェーンが鳴る。
いつもどおりの自転車を押しながらの下校風景だ。

「それにしてもさー、『言うこときく券』たくさんもらったねー」
「うん、でももう使っちゃったよー。あとは『一日女王さま』だけかな」
「えーまじで!?早くない?」
「そーかなあ?…だって忘れた頃にお願いなんてしにくいでしょ。まあ、『女王さま』は使いどころがわかんないだけなんだけどね……。マネジの仕事手伝ってもらうわけにはいかないしなあ…全科目70点以上とりなさい、とかって言ってみよっか?そしたらみんな安心できるし頭もよくなるし…」
「田島にそれは難易度高すぎるよー。それじゃあ罰ゲームじゃん。てかさ、他のみんなにはどんな『言うこと』きいてもらったの?あ!…や、その、サシツカエルならいいんですが!……プライベートだしね!!」
「全然差し支えないよー。だってみんな同じことだもん」
「ええ?…ねえ、それってもしかして……」
「うん、『行こうね、甲子園!』って」
「……やっぱり」
「そしたらみんな気が抜けたような顔になるんだよ。そいで、『しのーかってわかりやすいな』って。ちょっと酷くない?私ってそんなにわかりやすい?」
「どちらかといえば。でもあいつらに比べたらマシだと思うよ。だってコレ」
「だよねー…。つーかそれじゃあ水谷君もみんなと一緒ってことになるよ?」
「だってさー…、みんな『ひとつだけ言うこときく』だけじゃ駄目だと思ったんだよきっと。だからコレは保険みたいなもん。オレも、もしCD喜んでくれなかったらどうしようって思ったしねー。喜んでくれたからよかったけどさ」
「阿部君も栄口君も、花井君もそう思ったのかな?…てかなんでみんな私がこれ好きだってこと知ってんの?どこ情報?あー、もしかして水谷君?」

自転車の前籠いっぱいのガリガリを、篠岡は嬉しそうに眺めて笑った。




『きせつはずれのソーダ』2008/3/25



篠岡がガリガリ好きだって情報は、7組3人で提供してたらいいよ!