しのーか! って呼ぶ田島の声が聞こえた気がして、なんとなくグラウンドのほうをみるとジャージ姿の篠岡が9組のほうにむかって手を振っていた。窓から顔を出して横をみると、随分遠くのほうに多分田島の顔らしきものを見ることができた。となりに泉っぽい頭もあるから、多分田島で間違いないと思う。てゆーか9組の声聞こえるってオレって超人並みの聴覚なんじゃねーかと思ってたら栄口が「田島声でかすぎだろ」って言いながら隣に並んだ。こっちに気づいた阿部(もジャージだ。7組は次体育か)が軽く手を上げて、それに気づいた田島が今度はこっちに向かって手を振った。

「おー!巣山ー!!あーッ!栄口も!」
「……あいつ、喉だいじょうぶなのか?てか7組野球部はなにしてんの?女子はともかく、男子は体育館だろ」

栄口がはるか遠くに顔だけ見える4番にむかって大きく手を振り替えしながらつぶやいた。7組のメンバーが何をするのかはわからないが、田島があの体からどうやってウチのクラスまで届く声だしてんのかはそれ以上にわからない。今度聞いてみよう。
篠岡、巣山、栄口ときいて気になったのか、今度は1クラスはさんだ3組から、沖と西広が顔を出して、田島の向こうには三橋も居るだろうから少なくとも計7つの頭が窓からグラウンドを見ているわけだ。ああ、これってなんか青春っぽいな。
阿部が花井に指示を出して、花井は離れていった。水谷は屈伸して篠岡も伸脚している。ひととおりウォームアップを済ませたっぽいふたりは、2年が体育でつかっている白線の上に並んだ。これはもしかするとっつーかもしかしなくても徒競走をするつもりらしい。
遠くから、オレもやりてー! って言うまでも無く田島の声がして、他の野球部員も篠岡を応援したり水谷を貶したり水谷を貶したり(まあオレも水谷を貶したひとりだけど)。
阿部がオレたちにも聞こえるくらいの声で負けたら恥だぞー って笑って、それを聞いて栄口もまた得意気に笑った。

「阿部は意地が悪いなぁ…」
「元からだろ?」
「や、そうだけど、…篠岡の本気はちょっとマジで凄いんだよ」
「え?…ああ、同中だっけ?」
「うん。中学もリレーのアンカーは篠岡。こないだの地区の運動会はアンカーじゃなかったけど、凄い追い上げだったよ」
「へえ!」

次運動場で体育の女子数人が篠岡に声援を送ってる。ふたりがクラウチングスタートの体勢に入って、遠くの、ストップウォッチ持った花井が左手をあげる。それを確認して阿部が手を振りあげた。

「よーい!」

一瞬、漫画みたいに静まり返ったような気がして、勿論そんなはずは無いんだけど、でも阿部はその一瞬を見逃さなかったようにみえた。日に焼けた腕が、勢いよく振り下ろされる。

「スタートッ!」
「ウっ…、そ!?」

声を上げたのは水谷だったけど、多分栄口や阿部以外の全員が思ったことだった。スタートダッシュが、なんか陸上部って感じだった。マリオカートのスタートダッシュみたいな、アレ。
思ってる間にふたりともゴール。声を上げた分力が抜けたのだろう、篠岡の圧勝だった。

「すげー!篠岡はえー!泉みてえ!」
「つーか水谷だっせーぞー!」
「しのーかー、ナイラーン!」
「す、すごかっ たよー!」
「ナイラーン!」

女子に囲まれて、篠岡が嬉しそうに笑っているのが見えた。そんな篠岡だか水谷だかに大きく手を振りながら、隣で栄口が、やっぱりちいさくつぶやいた。

「なんかさー、すっげー青春って感じじゃね?」
「あーそれオレも思った!」



『GO!!!』2008/3/6