まあわかってたことだけど、当然ながら、花井は渋った。
休み時間。真ん中の列の後ろのほう、でも一番後ろってわけじゃない微妙な座席(つまり花井の席)のまえで両手を合わせてお願いしているのは、田島でも阿部でもオレでもなく、篠岡だった。理由はまあ昨日の今日だしだいたい見当がついているけれど。それにしても篠岡、いつになく強気だ。ほら、だって皆びっくりしてふたりのこと見てるよ。阿部は寝てるけどね。同じ女子でも妹たちとはやっぱり種類が違うようで、扱いに困った花井がオレのほうをちらちらみてるけど残念ながらオレは篠岡の味方だから無理。篠岡の友達は食堂にいってて不在。阿部じゃないけど、花井って本当に運が悪いと思うよ。

「ね、お願い花井君!タイムとってくれるだけでいいから!」
「だからってそんな目立つこと…っおい水谷!お前なに吹き込んだんだよ!」
「水谷君は私の味方だよね!」
「おー。つーか花井は自意識過剰だって。誰も見たりしないよ」
「そうじゃなくて!オレはできるだけ目立ちたくないっつーかおとなしくしてたいんだよ!こないだ田島がパンツでグラウンド走り回ったの注意されたとこなんだからな!…だーもー!阿部!お前も何とか言え!」

花井が投げた消しゴムがちょうど阿部の襟ぐりに入って、びっくりして起きたときの顔はアレ、般若ってゆーの?クワッってなってて、三橋じゃないけど、すげー怖かった。あ。そういえば篠岡に土下座させるのわすれてたなあ。

「阿部!篠岡説得すんの手伝って」

阿部は珍しく篠岡が話題になってるのが気になったのか、割とすんなりこっちに来た。助かったー って顔の花井は、けれどこのあと3対1で押し切られてしまうから(阿部、ホントは消しゴム投げられたの怒ってたんだよ絶対)本当に運のない人間だと思った。



『運のないひと』2008/3/6