そいで3曲目がね、それはアルバム曲なんだけど。バラードでね、最初聞いたときに、いいなー って思ったんだよオレも。したらやっぱ好評だったみたいでねー今度シングルで出るっぽいんだよ。最近忙しくてサイトチェックしてないから発売日とかまだしらないんだけど。あ。てか篠岡ってさー、走るの凄い速いって本当?

「え?びっくりしたあ。話が急すぎるよ水谷君。アルバムの話はどこいっちゃったのー?」

マネジの帰りが遅くなると、夜道は危ないってことで駅まで送ってってくれるのは自然と駅に近いところに住んでいる水谷君で、同じクラスということもあって、且つ、音楽の趣味や甘いもの好きという共通点もあって、いつも楽しく帰ることができた。駅までを自転車押して歩いて行く理由は水谷君が疲れちゃってるからだけど、実はゆっくり話をしながら歩くこの時間は好きだったりする。男子しか知らないクラスの話とかを聞けるのは結構楽しい。

「今度貸す!あ、じゃあ明日持ってくるよ。んで次栄口にもまわしといてくんない?言っとくからさー。で、足速いってホントなの?50メートル何秒?」

考え込むポーズはしてみたけど、本当のところ思い出す気はあんまりない。データや選手のことで容量を使っている分、自分のことになるとすぐに忘れていくから、タイムもおぼろげにしか覚えてないし。

「覚えてないよー。てゆーかそれ、誰から聞いたの?ウチのクラスの子?」
「うん。っつっても阿部なんだけどねー。なんかさ、スゲー速いからびっくりしたって言ってたよ。ゴボウヌキしてたって」
「ゴボウ抜き……ああ!もしかして地域の運動会で見られてたのかな。私、高校入ってから引っ越したけど、お願いしたら前の自治会のほうに入れてもらえてね。栄口君とは会ったんだけど……。そっかー、阿部君も来てたんだー。そういえば見たような気がしないでもないなぁ…よく覚えてないけど…あ。てゆーか阿部君ひどいんだよ!同じ中学校だったの、こないだまで知らなかったんだって、田島君が」

水谷君が漫画みたいな驚き方をしたから、面白くなって身振り手振りで話した。もともと、誰かに聞いてもらいたかった話だった。試験教室も一緒で、席も前後だったのに覚えてないんだよ?

「なにそれまじひでー!土下座で謝らせるべきだよ。明日やらせよーよ!なんだかんだで阿部、篠岡には弱いからやってくれるッ……じゃなくて!!もー篠岡ってば話替えるのうまいなぁ…。足!結局速いの?遅いの?どっちなの?」
「普通だと思うけど…やけに気にするねー。さては阿部君になんか言われた?」
「おお!さすがはマネジ!鋭いなぁ!実はねー、阿部さんに『篠岡のがお前よか全然はえーよ』って言われちゃったんですよねー」
「ああ、大丈夫大丈夫!そんなことはないよー」

男の子だもん、と続けそうになった自分に気がついて、あわてて口を噤む。
どう頑張っても自分は男子にはなれない。練習に参加はできるとしても、公式戦を一緒にプレイすることはできない。勿論そんなことはわかっている。わかってはいるけれど、わかっているぶんだけ、うらやましいという思いが大きい。
黙ってしまった理由を別のほうに解釈した水谷君が、苦笑した。

「……でもオレ、沖よか速くね?」
「あ。そうだ水谷君!競争しよう!」

突然の提案に水谷君は目を丸くした。

「50メートル競争だよ!部活の後だと不公平だからお昼休み!ね?花井君たちなら手伝ってくれるかも!ちょうど今2年が体育で短距離やってるみたいだから、ラインもしっかり引いてあるし。ね?」

ちょっと困った顔をしたけど、水谷君は笑って了承してくれた。



『歩いて帰ろう』2008/3/6