「いつか君に食べられちゃうんだろうな」

最大級に落胆しながら発した言葉は思った以上に感情が込められていて、そのことに村田は更に落胆した。ため息をつく大賢者の向かいに腰を下ろしているウェラー卿は懸命にも口を閉ざしたまま微笑を湛え、口元にカップを運んだ。すましているけれど絶対、頭の中ではあんなことやこんなことを考えているに違いない。彼の幼馴染曰く「隊長はむっつり」だそうだから。かつて獅子と呼ばれた男をそう評したグリエは、意外にも村田よりショックを受けたような表情をしていた。
「食べられるんでしょうねえ…あの陛下が…嘆かわしい」
「いずれそういう日が来るとは思ってたけど…いざ来てみると結構辛いね…なんていうか、渋谷にはずっと純粋なままでいて欲しかったよ…あーあーなんかテンション上がんないよー」
午後のおやつタイムに魔王の姿はない。彼はまだ執務室で王佐や摂政と書類の処理に追われているので、現在テラスでお茶をしているのは既に自分の仕事を終えている村田と非番で城をぶらぶらしていたヨザック、そのふたりに半ば無理やり連れ出されたコンラッドだけだった。ウェラー卿はやはり何も言わないまま、ふたりの会話を聞き流していた。最初の頃こそ驚いたものだったが、村田がユーリの前以外では結構腹黒いということは、今では魔王以外の誰もが知っている事実だ。今更ちくちく嫌味を言われたところでなんのダメージもない。黙ったままの幼馴染を、ヨザックが小突いた。
「なに、まさか隊長…もう食べちゃったとか…?」
「まさか!そんなはずはないよ。夜の帝王ウェラー卿はともかく、あの正直を具現化したような渋谷が態度に出さないわけないだろ。…でもまあ一応尋ねるけど、まだだよね?」
「……猊下のご推察にお任せしますよ」
それこそ夜の帝王がするような余裕の笑みをみせつけられて、村田が口を開こうとしたそのとき、漫画みたいな絶妙なタイミングでテラスと室内を隔てるガラス戸が開かれた。
「っはー!やーっと解放されたよー!やっぱ外の空気はいいねえ!んー気持ちいーい!おれもお茶いただいていいかな。ていうかなになに、3人揃ってなんの話してたの?」
健康優良児の見本のような人物が登場した瞬間に溢れんばかりの笑顔を浮かべて異口同音になんでもない旨を説明する彼の親友と名付け親をみて、ヨザックは苦笑しながら魔王陛下のぶんのカップに茶を注いだ。


2008/06/29『麗らかなる』