彼らはいつも一緒に居て、それを普通なことのように感じている。執務中、少しはなれたところから渋谷をみるウェラー卿の目は慈愛に満ちていて、ふとした拍子に彼の熱烈な光線に捉えられてしまったときの渋谷のあの照れているようにはにかむところとかは傍からみていても幸せが伝わってくるほどだった。キャッチボールをしているときの渋谷や、彼が執務室から逃亡するのをそれとなく手伝うウェラー卿の表情はひどく嬉しそうで、けれど彼らは主従あるいは名付け親と名付け子以外のなんでもないという。実際、そうなのだ。けれど彼らが互いにそれ以上の感情をっていることは誰が見ても明白なもので。にもかかわらず!ふたりの間にはなんの進展もないという!戸惑い悩む渋谷はともかく、百戦錬磨の夜の帝王が(くっつくくっつかないは別として)なんの行動も起こさないとは!




「まったく!チキンにも程があるよ!」
眞王廟をとりまく木々から、声に驚いた小鳥たちが一斉に飛び立った。村田は憤慨していた。例によって愚痴に付き合わされているお庭番(長期潜入任務帰り)は言葉の意味を計りかねつつも言わんとしていることはなんとなく理解できたので、視線は飛びゆく鳥たちを追いながらもとりあえず同意した。ヨザックが国を出ている間誰にも言えなくて愚痴が溜まっていた村田は憤懣やるかたないのを隠そうともせず、あまり品のよくない悪態を羅列して同意を求めた。
「そりゃーオレもちょっと奥手すぎるとは思いますけどね。でも――」
「だろ?まったく、ちゃんと付くもん付いてンのかよ、って感じだよ」
お庭番は懸命にも「なにがですか?」とは尋ねなかった。猊下の麗しいお口からそういう類の言葉が発せられることは、まあ度々あるのだが、できることならば聞きたくはない。光栄にも御傍に仕えさせていただいているおかげでだいぶ抗体ができてはいるが、しかしそれでも”双黒の大賢者”という存在に幻想を抱いていたいときもある。
「……でも猊下、くっついたらくっついたで厄介なことにはなるでしょう?身分の差は上王陛下の方針的に大丈夫だとしても…ヴォルフラム閣下とのこともありますし。兄弟同士でひとりを、しかも魔王陛下を奪い合うなんてーのは、ちょーっと刺激的過ぎるでしょ」
「そんなことまで責任もてないよ!兄弟間の問題なんだから、彼らが自分たちでなんとかすればいい。まあ確かに王室関連のゴシップは迷惑極まりないし、国民からの信頼にも関わるけど…っていうか僕が言いたいのはさあ、どっちでもいいからいまのこの宙ぶらりんな感じはやめてくれ、ってこと。あーもーじれったいなぁ!じれったい!じれっ隊だよあのひとたち!」
「あのー猊下ー、それってもしかしなくても猊下のなかのひ…」
「なに?」
「いえ、なんでもありません」
溜め込んでいた愚痴を吐き出してすこし落ち着いた村田は、今度は靴で地面を削りだした。駄々っ子のようだとヨザックは思ったが、やはり口にはしなかった。黒いローファーの爪先が砂で白く汚れていくのを見つめながら出した声は自分でも驚くほど泣きそうに掠れたものだったが、村田は気にせず続けた。
「僕が言いたいのはさあ、傍に居ることが当たり前だと思い込んでしまう前になんらかのかたちでケジメを付けてほしい、ってことなんだよ」
「……はあ」
「なにも言わなくても傍にいれるってことは確かに素晴らしいけどさ、でももしそのまま二度と会えないほどに離れ離れになったら、そのときの辛さは相当なものだと思うよ……。渋谷にはそんな辛さ味わって欲しくないからさー。……マジでウェラー卿しっかりしろよ!って感じ」
「ですねー」
「うん。君からもきつうく言っておいてよ」
「えー?オレがですかぁ?嫌ですよー…そーゆーのは猊下のほうが適任です」
「僕は嘘吐けないから駄目。それに、ウェラー卿が泣いちゃったら渋谷に怒られるし」
多分絶対にありえないことだが、説教をされて泣き出すコンラートを想像して、ふたりは声を出して笑った。いつのまにか、小鳥達が戻ってきている。



『うしろむきでじれったい』2008/08/03