青い空、白い雲。包み込む大気は心地よく、鼻腔をくすぐる初夏の匂いが眠気を誘う。勢いよく倒れこんだからもしかしたら背中に草の汁が付いているかもしれないけれど、そんなことはどうでもよかった。隣には有利がいる。
「なんかさー、こうしてると、ペーターとハイジみたいだよねー僕ら」
「わかりそうで微妙にわかんねーんだけど……村田、だからお前本当は…」
「再放送、何度もしてるよ」
「あ、そーなんですか……」
僕らの周りだけ時間がゆっくり動いてるみたいだね、なんて言うと、そういういかにもウェラー卿っぽい言い回しが苦手な渋谷は嫌がるだろうから、何も言わない。けれど実際、僕らを取り巻く雰囲気は埼玉では絶対に味わえないほどに穏やかで、とても気分が良かった。こんなに穏やかに心が和いでいることを実感したのは久しぶりだった。ずっと過去の別人たちを振り返ってみても、こんなに心休まる時間を過ごした記憶はない。ちらりと隣をみる。大の字になって草原に寝転がる有利の視線は、上空の、マカロンみたいな形の雲を追っていた。お腹がすいているのかもしれない。
なぜだかわからないけれど突然、本当に突拍子もなく、有利に感謝したくなった。別に言う必要はないし、うまく言い表せるかどうかもわからない。けれどどうしても伝えたくなって、胸いっぱいに吸い込んだ初夏の風を、声に換えて吐き出した。
「渋谷に逢えてよかったよ」
「………は?なに、いきなり」
「自分が記憶持ちだって気づいたときさ、なんでよりによって僕が、って思ったんだよ。だって60何億分の1だよ?それってかなりの確立で悪運だろ?」
渋谷は曖昧な返事をした。眠いのかもしれない。寝ているのかもしれない。
「でも、渋谷に逢えたから、僕はよかったよ」
すこし強い風が、頬をなでていった。
運命とかそういうのはあまり信じない性質だけど、けれど村田健が渋谷有利に出逢えたことはもしかしたらそういう類なのかもしれない、と思う。そうであってほしいと願う。もし有利に逢えていなければ僕はきっとずっと独りのままで、多分、レジャンや他の人たちのように発狂していたに違いない。世界に失望して自分に絶望して、悩んで悩んで。自殺はしないかもしれないけれど、確実に早死にはしただろうから。勿論、そういう意味だけではないけれど、
「だから、感謝してるんだ」
嫌で嫌でしかたなかったこの力も、有利のために使えると思うと愛着が湧いてくる。忠誠心とは違うけれど、それでも有利の力になりたいと思うから。大賢者ではなく等身大の村田健として対等に接してくれるから、自由に生きることが出来ているのだと思う。
「……本当に、感謝してるんだよ」
再び隣を見ると、有利は完全に眠っていた。幸せそうに寝息を立てる姿にほんの少し落胆したけれど、でもこれでよかったとも思う。よく考えたら今の会話は自分のキャラではない。いずれそういうことを言い合えるようになる日が来るとはなんとなく思うけれど、でも今はまだその勇気が足りないし、恥ずかしい。ずるいとは思うけれど仕方ない。自嘲するしかない。ふと、有利の胸元に光る魔石に目がいった。ずるいといえば、彼もなかなかずるい。今の恥ずかしい独白をウェラー卿に聞かれていたわけでは決して無いけれど、けれどなんとなく面白くなかった。あの日、あの舟の上ですこし大人びた横顔を僕に向けながら、「約束をした」と有利は言った。そのときはどんな返事をしたか覚えていないけれど、実際、どんな理由であれ彼は有利のもとを離れたのだから戻ってきたときすんなり和解できるとは思えない。彼と有利のはなしを訊くと城中が同じような回答をする。特に、彼の兄弟や幼馴染や、あと汁気の多い元教官なんかの答えは正直聞くに堪えないものだった。
ふたり一緒に居るときの笑顔がとても穏やかで、しかも花が舞ってるんじゃないか、と思うくらいに甘やかで微笑ましいなんて、僕からしてみればかなり癪なことだ。
『初夏凛々』2008/07/03
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