『ああ?…ああ、別にあいてっけど…』

聞いているのかいないのか、そう応える電話越しの声は、その日が特別な日だなんてまるで思っていないようなものだったから、そこは非常に彼らしいと思った。もしかして忘れてるんじゃねーの、って訊こうとしたが、しかしそれはやめた。だってあのひとがそばに居るのだ。絶対、嫌でも思い出させてもらってるはず。

「田島も予定ねしーさー」
『おー、田島かー。いいなー、会いてーな!』

途端に電話越しでもはっきり聞いて取れる不満だらけの声。そりゃそーだ。ってオレが同情するのもアレだけど、今季のあのひとは田島との相性が抜群に悪かった。田島の球団贔屓してるオレにとっては有難いことだったけど、阿部はちょっと複雑だったかもしれない。電話の向こうでオレを置き去りにして繰り広げられる、独り身には些か辛いじゃれ合いが終わるのを待ってから、再び続ける。

「だからさァ、久しぶりに皆で集まらねー?」
『……皆って?』
「田島もいるし、今回はオレらの代だけで……あーでも篠岡は無理だろーな。夜遅くなるだろうし、野郎ばっかだし…水谷は会いたがってるみたいだけど」
『はァ?水谷ぃ?あいつらしょっちゅう会ってるんじゃねーの?栄口と3人で飯とかいってるらしいぜ。……つかお前さあ、いつまでも”篠岡”って呼んでやんなよ』

バカにしたように笑う声が、けれどとても穏やかだったから、今こいつ幸せなんだろうな、って、オレは別に阿部の親でもないのに感傷に浸ってしまった。

「あー……。でもあのひとはオレらのなかではずっと篠岡だし…」
『まあそーだけど。…てかオレはいいとして、皆揃うの?つか場所どーする?オレ、埼玉戻ろうか?てか三橋は?…巣山とか、年末は忙しいんじゃねーの』

結構ノリ気なのに正直驚いた。
高校のときは思春期真っ只中だということもあって、阿部は誕生日会を嫌がっていたから。まあ、それはオレもだし、今年は誕生日会と銘打った唯の飲み会になりそうだし。

「水谷はいけるって。他の皆にはこれから電話してみる。年末つってもまだ上旬だから大丈夫じゃねーの?…しらねーけど。……場所なァ、時期が時期だから今からじゃ予約とれねーだろうしなァ。……かといって田島つれて適当なところっつーのもなァ…」
『…ちょ、待って。…はあ?何いってんすか、いいんですか?』

こう、電話の向こうで話をされるとちょっと寂しいのはなんでだろうな。なんでか寂しい。別に阿部だから、ってわけじゃない(飛鳥と電話してるときにむこうで遥と会話されてもオレは寂しい)。なんだろうな、この寂しさ。つか、巣山は大丈夫だとしても泉と三橋は微妙だ。でも泉なんかは田島の名前を出したら即オッケーがでる気がしないでもない。あいつ、田島は俺が育てた、みたいな雰囲気だしてるときあるし。

『もしもし花井?』
「おう」
『皆こっち出てこれるんだったら、ウチ使っていいって』
「ウチって、」
『榛名んち………あァ?…あーハイハイ、”元希さん”のおうち』
「マジで!?そりゃ有難いけど、いいのかよ!?」
『なんか榛名も……だーもーッ、元希さん!…も、昼間は秋丸さんとかと会うらしいし、西浦メンバーは悪いやついないから別に大丈夫だって』
「おー!まじでー!あんがとー、助かった!んじゃあ皆の予定聞いてからまた電話するわー。あ、榛名さんにもお礼言っといて」
『おー、んじゃーな』

棚から牡丹餅って感じだ。都内だから交通費は仕方ないけど、多分一生掛かっても住めないような豪邸に行けるというのはすごく楽しみだ。しかも榛名の家っいうのは、いち野球ファンとしてかなりうれしい。たとえあのひとが宿敵チームのエースだとしても、だ。