野分の指がゆっくりと俺の髪をかきあげて、俺はそんな些細なことにさえ欲情しながらも余韻に浸っていた。実は、一番気持ちがいいのは最中じゃなくて今みたいに何も考えず冷たいシーツに肌を預けているときだったりする。勿論隣に野分が居ることが条件なのだが、そんなことをいうとあと追加で1発や2発はやられそうなので絶対に口にしない。
地肌に当てられていた指先がゆっくりとすり抜けて、今度は髪を何度も梳かれる。嫌ではない。むしろ心地いい。けれど素直にそんなこと言ってやる義理もないので黙っておく。
不意に、髪を撫でる手が動きを止めた。
「ヒロさんは、後悔したことありますか…?」
「……お前……、ものにはタイミングってもんがあんだろ…」
「え?」
「……いや、なんでもねェ…」
急にどうしたんだ、と尋ねたのに、なにごともなかったかのように、ヒロさんは後悔したことありますか?と綺麗に言い直されたからほんの少し苛立ったのだけれど、野分の様子がいつもと比べてどことなく変なのはわかっていたのでしばらく成り行きに任せてみることにした。余談だが、俺は気が短いのを自覚している。元々大学で教えたいと考えていたが、小学校や中学校の教諭にならなかったのは持ち前の短気が炸裂して新聞沙汰になりそうな確信があったからだ。
逆に野分は良くも悪くもマイペースなところがあって、今も、自分から話を振ってきたくせに何事かを考え込んでいて、それに俺は更に苛立つわけなのだが。
「なんだよ、お前はなんか後悔してんの?」
「いつも後悔ばっかりですよ…今も、ヒロさんにこんな話してしまったことを後悔してます。…気にしないでください。ちょっと訊いてみたかっただけですから」
野分はへらりと笑ったつもりらしいけれど、どうみても笑ってなくて、俺はまた苛立つ。しかもこの馬鹿の考えてることが手に取るようにわかって(ていうかコイツが俺絡みで悩むことなんて2つしかないからすぐわかるんだが)しまう自分を一瞬、ほんの一瞬、若干誇りに思ってしまって、そんなノーテンキな自分に更に苛立ってしまった。
「~~~~あのなあ!そんな顔しながら「なんでもない」とか言うんじゃねーよ鏡見てみろ馬鹿!つーかお前の落ち込み方鬱陶しいんだよ!なんだその弱った大型犬然とした態度!つーか前から思ってたけどお前、その顔したら俺がなんでも言うこと聞くとか思ってるだろ!?ってあ゛ー!そーゆーはなしじゃなくて!クソッ、野分ッ!!」
呼んで、しょんぼりしていた野分の頭を抱え込む。素肌に野分の短くて見た目よりすこし柔らかい髪が触れて、くすぐったかった。野分はされるがままだった。コイツが落ち込む理由はわかっている。秋彦にはここ数週間会ってもいないから、もうひとつのほう。コイツが一番気にしていて、でも俺はそれも含めてコイツが好きなわけで。だから一番気にして欲しくない部分だ。
「多分もう100回くらい言ってるけどなあ!お前は、そのままでいいんだよ!ぐるぐる考えんな!つか!そのままの野分が…あ、いや、なんでもねー…けど!マジ何度も言わすんじゃねーよ!わかったか!」
「でもヒロさん」
「なんだよ」
「ヒロさんはあっという間にどんどん先に行ってしまうから、…かっこ悪いけど俺、そのたびに確認しないと不安なんです…」
少し枯れたような野分の声が胸に直接響いて、コイツやっぱり確信犯だ、と思いながらもなんだかんだでコイツに甘い俺は、了承の返事のかわりにおおきなため息をついた。ありがとうございます、と言った野分は、少し鼻声だった。
「わかったら寝るぞ。俺明日休みだけどお前病院だろ」
「はい。でもヒロさん、」
「なんだよ」
「さっき、そのままの俺がナントカ、って言いかけてましたよね?」
「ハァ?……わすれた」
「ええー!?意地悪しないでくださいよ!そのままの俺がなんなんですか!?」
「忘れたっつってんだろー。てか覚えてても言わねーし」
「ヒロさ~ん」
「だーもーウッゼー!ガキはさっさと寝ろ!うっわ!纏わりつくな鬱陶しい!コラ野分ッ!暑ッ…てゆーか重い重い重い重い!~~~野分ッ!」
機嫌を良くした野分のじゃれつき方があまりに大型犬だったから、俺は、自分の甘さを反省しつつも、結局は追加の1発2発を許してしまうのだ。



2008/09/17『後悔したことがあるか ver.エゴイスト』

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