シマのカジノの集金に行きたいんだ。唐突にボスが言うものだから、猛反対したのは獄寺隼人だった。しかしそれでも駄々を捏ねる子供のように頑固なボスには勝てず渋々、じゃあ俺がお供しますと言ったのに、にっこり笑顔とダメの一言で終わらされてしまった。獄寺君にはさっき違う仕事お願いしたからね。最もな意見に獄寺も黙り込んでしまう。別に獄寺が行こうが行くまいがどうでもいい。それにカジノのオーナーもまさか沢田綱吉自らが集金に来るとは思わないだろうから数人護衛を付けていればいいだろうし、自分には余り関係の無いことだと傍観していたのだけれど。

「じゃ、いきましょうか、ヒバリさん」



まったく、冗談じゃない。
確かに僕はこういった所謂下っ端がするような仕事を好んですることがある。だから集金に回るカジノの連中は僕を『雲の守護者のヒバリ』だと知っているし、それなりに謙ったりもする。でも当然10代目ボンゴレを生で見たことはなくて、僕の後ろでにこにこしてる彼のことは、あいさつくらいすることはあっても大概スルーする。それはまあそうだ。『初代に次ぐ大空』といわれる人間がちまちま金回収をするなんて、普通ありえない。

「……楽しい?」

呆れてしまうほどにこにこしているものだから尋ねると、すごく。と短い返事が返ってきた。店の人間に「10代目はお元気ですか」と訊かれるたびに期待のこもった眼差しを本人から向けられるのだから、からかわれているのだと思う。沢田綱吉という方はこのように、度々お戯れになられる。まったくもっていい迷惑だ。

「……元気だと思うよ」

それはよかった、と作り笑いを浮かべる経営者と同じタイミングで斜め後ろから微笑みをぶつけられる。からかってるの?すこしきつめの声色で尋ねるとばつが悪そうに、それでも笑って、まさか!ヒバリさんをからかうなんてこと、できませんよ。反省しない分、性質が悪い。
最後の店を出るころにはもうすっかり日は沈んでいて、繁華街は人ごみで混雑していた。気分が悪い。

「お腹減ったし……そろそろ帰ろう」

それでもボスはにこにこ微笑むだけで、一向に足を動かそうとしない。ヒバリさん、黄色好きなんですか?突然の質問に唖然とする僕をみてボスは、今度は悪戯っぽく笑って、人ごみで溢れかえる道の向こうを指差した。チカチカとウィンカーを点滅させて停まっている車は、夜の光を反射していっそう目立つ、見間違うはずのない、黄色のフェラーリ。強請ったわけではない。唯、この色がいい、と言っただけで、翌月には納車されていたそれから降り立ったのは、世辞にもボスらしいとは言えない格好の男。こちらをみとめると、軽く手を挙げた。

なんのまね?どういうつもり?道の両端で手を振り合う堅気でない男達にぶつけたい質問は山ほどあったけれど、先を越された。久しぶりなんですよね?ああ、確かに久しぶりだ。電話は度々掛かってきていたけれどこうして会うのは多分、1年ぶりくらい。勿論嬉しくないはずはない。だけど。

状況についていけずに道を渡ってくる長身の優男を呆然と眺めることしか出来ないでいる僕を置いてけぼりにして、ふたりは喋りだす。約束ですよ。ん、まかせろ。なにが「約束」でなにが「まかせろ」なのか是非尋ねたかったけれど、情けないことに頭がフリーズしてしまって口が利けない。そんな僕を無視してひとしきり喋り終えると、ふたりは揃ってこちらを見た。気味の悪い笑みを浮かべるイタリア男に負けないほどの笑顔で、僕のボスは告げた。

「じゃあヒバリさん、帰りにROMもらってきてくださいね。」

ああ。
ああ、そういうこと。
お優しいボンゴレ10代目は普段からそれなりにファミリーに貢献している幹部を、久々のオフだというのに昼間から集金に付き合せた挙句、敵対組織の情報と交換で盛った跳ね馬に引き渡すわけだ。それではあまりにあんまりだと思ったけれど、どうやら既に交渉は終わったらしく、馴れ馴れしい手に肩を抱かれてフェラーリへ強制連行される。ひらひらと手を振る薄情なボスの横にはちゃっかり、山本武の愛車、ベントレー アルナージが。

「今日は恭弥の完敗だな」

そうかもね。柔らかすぎない座席に腰掛けてドアを閉めると、車内に広がるのは持ち主の香水の香りと暴れるジャズのリズムだけで、もう、なんだか全部どうでもよくなった。

「さて、これからどうする?」
「……あなたの好きにして」

一瞬目を丸くした跳ね馬は、次の瞬間には補導されるんじゃないかって思うくらいにいやらしい笑みを寄こしたから、とりあえず太腿に伸びてきた右手を思いっきりつねってやった。