コートを着てエンツィオを内ポケットにいれる。護身用の銃をセイフティを確認してからジーンズにねじ込んだ。気に入りのヴィンテージスニーカーに右足を滑り込ませ左足を掛けたとき、手に握っていた携帯電話が着信を告げた。表示された名前からこれから行われる会話の内容が手に取るように解る当たり、さすがオレというべきか、さすがあいつというべきか。

相手の耳ざわりの良い声に密に酔いながら、オレは既に左足を使って右足を靴から取り出していた。腕の時計は約束の時間ぎりぎりを指していて、おまえもしオレが今待ち合わせの場所にいたらどうしてたんだ、という苦情は当然飲み込む。仮にオレが待っていても冷たい一言で切り捨てられるだろうし、実際に待ち合わせていたとしても時間通りにオレが着くはずはなかっただろう。いつも待たされているからたまには待たせてやろうと思っていたオレは実に馬鹿らしい。というか実際馬鹿だ。



「デートじゃなかったのか?」

わざとらしくニヤニヤして言うものだからオレはありったけの憎悪を込めてロマーリオを睨みつけた。睨むなよ、と言いながらもどこか面白そうにオレをみる部下はオレが口を開く前にコーヒーを淹れる為、部屋を後にする。気が利くともいえるその行動は今のオレには「逃げ」だとしか思えなかった。恭弥にすっぽかされたボスは機嫌が悪い、と部下達が冗談で言い合うところを何度か現行犯でとっちめたことがあるから、今回も給仕しにいったロマーリオが他の連中にふれ回っているに違いない。最悪だ。

とりあえずデスクについて溜息。尻に固い感触を感じて慌てて銃を取り出した。セイフティしてるとはいえ、銃器類は必ずしも信用できるわけではない。特にこのオートマは此処最近整備をサボっていたから一瞬ひやりとした。銃をしまい、無意味に椅子をくるくるさせてみるが気分が悪くなっただけだ。

デートというか単に食事に行くだけだったのだけれど。オレは数ヶ月ぶりに恋人に逢う今日という日を馬鹿みたいに楽しみにしていて、しかも何も考えず恭弥に癒されたいなんて思っていたものだから仕事は昨日全て終わらせてしまっていた。要するに、暇なのだ。内ポケットの狭さに耐えかねたエンツィオがもぞもぞ動き出したからデスクの上において、花瓶の水を少しだけ浴びせる。どてどて暴れる姿が恭弥に似ている(なんていったら半殺しじゃあすまされないだろうが)ように思えていよいよ末期だと悟った。そういえばこの間シャマルと飲んだときに身体のだるさとテンションの上がらなさを相談したら「そりゃーお前、例の風紀小僧不足だろ」と返されたっけか。今思い返すと恭弥はもう風紀委員でもなければ小僧でもないのだけれど、そのときはそんな細かいこと気に留めず、大いに納得したような気がする。それにしてもこの症状はまさに恭弥不足だ。一緒に飯食いたかった。夜が明けるまでシたかった。あーもー予定ぐだぐだ最悪だ。

デスクに顎をついたオレとすこしおとなしくなったエンツィオの間にブラックコーヒーが置かれる。今はどちらかというとミルクもほしい気分だったがそういう我侭は言いたくないので礼だけ言った。相変わらず人の悪い笑みを浮かべるロマーリオがなんだか無性にムカついた。

「……なんだよ?」
「ボス、あからさますぎるぜ?」
「はあ?」

ロマーリオは懐から煙草を取り出すが火はつけない。やはり何度見ても人の悪い笑みを浮かべながら、今のオレのもやもやした気持ちをはっきりと形容してくれた。

「がっかりしただろ?」
「……たりめーだ」

何ヶ月逢ってないと思ってんだ。つーかおまえは昨日までオレがどれだけ一生懸命仕事こなしてきたか知ってるだろ。昨日は楽しみでなかなか眠れなかった。朝なんかまだ薄暗い時間に目が覚めちまった。ってのは流石に知らないだろうけど。とにかく、そう。おまえがいうとおり、恭弥にドタキャンされてオレは非常に残念で無念でなんかどうしようもなくがっかりなんだ。

「でも恭弥の前ではそんな素振りみせなかったんだろ?」
「そりゃー…かっこわりーじゃねーか」
「無関心に見せかけて、意外にもあいつはそーゆーの、結構気にしてるんだな。『ディーノは僕が約束破ってもなんとも思わないんだね』ってこのあいだ言ってたぜ?」
「なっ……そんなこと言ってたのかあいつ!?ていうか何でおまえに!?」
「オレと恭弥の間には熱くでかい友情があるんだよ」

自信ありげに言われて、もうオレはますますショックをうけるしかない。というか恋人の前であからさまにがっかりしてもいいものだとはどうしても思えない。なんだこれ、民族性の差か?

「じゃあロマーリオは『デートできなくてがっかりだ』って言うのかよ?」
「言うわけねーだろ。オレにだってプライドってもんがあるんだ」
「それじゃー言っていることと矛盾してるだろ」
「オレはいいんだよ。ボス、恋人ってのは10組あれば10通りの恋愛の仕方があるんだ。模範なんてねーんだから自分達は自分達のやり方でいけばいいんだ。人のまねする必要は無いだろ?今まで散々いろんな奴喰ってきたくせに、恭弥相手だと初恋みてーだな」
「……よけいなお世話だ」

オレはとりあえず、ライターの火を差し出した。真新しい煙を吐き出すロマーリオは普段よりも渋くて、流石オレより年季入ってるだけはあるなあ、と感心するしかなかった。

「ボスのやってることは、オレに言わせればまるっきり無意味な努力だと思うがな」

次に恭弥がドタキャンする時。
なんでだよ、と問い詰めてみようか。オレは今日がいいんだ、と駄々を捏ねてみようか。鬱陶しい、と声を低くする恭弥は容易く想像できるが、不思議なことに、渋々を装ってオレの遊びに付き合ってくれる恭弥も同じくらい容易に想像できた。


L'esperienza acquisì attraverso età