馬鹿でかい門前に真っ赤な愛車を堂々と横付けする。
フェラーリの爆発音がどうしても好きになれない、気分が悪い。と初めて乗せたときから言われ続けてきたけど、今日はそんなのお構いなしでいこうと思う。今日ばかりはあいつの我侭に付き合う気はない。別にオレはキレてんだっつーのをアピールしたいわけじゃねえけど、唯なんとなく、あいつの嗜好に付き合うのは癇に障る、と。そういう気分だった。
後ろを付いてきていた二台の黒いセダンも同じように縦列駐車。慌しくも静かに下りてきた部下達を先に行かせて、オレはとりあえず一服。あまり吸うほうではないが、吸いたい気分のときもある。淀んだ空気で星一つ見えない夜空を見上げて吐き出す煙はオレのなかの靄まで運び出してくれるはずも無く、オレはまだ長い煙草を踏み潰すと懐の得物の安全装置を解除した。鞭は使わない。そういう趣味は無いから。
門をくぐり、改めて建物全体を見上げる。勿論キャバッローネの屋敷には遠く及ばないが、なかなかの規模、そしてなかなかのセキュリティだ。さまざまな角度から監視カメラに捕らえられても全く気にしないのは、そういうのが得意な部下に前もって細工させてあるから。玄関ホールに張り巡らせてあったらしい赤外線も、今はない。
「小物のくせにでけェ屋敷持ちやがって……畜生」
ホールから続く螺旋階段も床も壁も全て大理石で、嫌気がさす。何気なく飾っている絵やら置物やらがそれぞれ一見して高価なものだとわかるものばかりで、しかし趣味ではない、とディーノは思った。もっとシンプルなほうが好みだ。基本、飾り立てているモノは苦手だった。というか、こういうところで格好つける前にてめえの部下に好くしてやれよ、と思うわけである。
一通り屋敷を見学してから、目的の部屋へと向かう。いかにも、といった風に屋敷の中央部に構える部屋の、重そうな扉の両サイドに部下が居た。どうやら手筈通りコトが進んだらしい。この屋敷の持ち主の部下達は今頃地下の酒蔵で眠っているはずだ。オレ達も行くぜ、と意気込む部下を宥めてから、重そうで意外に軽い扉を静かに開けた。おまえ達はそこで待ってろ。
部屋のなかはホテルのスイートルームを思わす煌びやかな家具と甘ったるい香りで、気分が悪いことこのうえなかった。そのうえ照明が落とされているので何度か転びそうになってしまう。でもまあ暗いからこそ、わずかに明かりの漏れるベッドルームがすぐにわかるわけで。気配を消してベッドルームの前に立つとなにかを囁くあいつの声が聞こえた。馴染んだオレの気配に気付かないはずはないのにおしゃべりをやめないとは、流石オレの教え子だけある。良い度胸だ。
音を消してドアを開ける。キングサイズのベッドのうえの恭弥がちらりとオレに視線を寄こし、煩わしそうに目を細め、逸らした。ご丁寧にシーツで肌を隠しながら。お相手の男は勿論気付くはずもなく、半裸のまま恭弥の白い頬に指を這わす。この状況を楽しんでいるのか仕舞いにはオレでさえ滅多に見れないような笑顔を男に向ける始末。あーやっべ、キレそう。
オレは懐から銃を取り出すとまっすぐ、男の後頭部へ照準を合わした。サイレンサーをつけていないのは、そういう気分だからだ。流石に恭弥が顔色を変える。事後処理が大変だとでも言いたげな視線が、オレのそれと一瞬だけ絡み、すぐに解けた。知らねえよ、おまえのせいだろ。狙いを定め、トリガーをひく。
愛用リボルバー限界の6発全段、男の側頭部をすり抜け、恭弥のわき腹をすり抜け、敷き詰められた羽枕へ命中させる。白い羽毛が舞う部屋のなかで恭弥は天使みたいだと思った。どうしようもなく仏頂面な天使だけれど。
男が金切り声を上げ、振り向く。思っていたよりも男前。でもオレには及ばねえだろ。腰が抜けたのかどうなのかしらないが、ベッドの上に座ったまま男は震えていた。警察を呼ぶだのオレが誰だか解っているのか、だの喧しい。つーか見た目はともかく、声はイマイチ。ぜってーオレのほうが色気あるって。
「悪ィけど……そのじゃじゃ馬、オレのなんだ」
チャキリ、と男の額に銃口を突きつければまた情けない声を出した。まあ熱いんだから当然だろうけど。お前はなにものだ。呪文みたく繰り返しぶつぶつ言う男は俺の左腕の馬を確認すると、いよいよもってその顔を恐怖にゆがめた。男前が台無し。オレと恭弥を交互に見て、懸命に状況を理解しようとする様子がどうにも笑えた。
「おまえは……。な、なぜだ!?さては貴様も、キャバッローネの!?」
「僕とこのひとたちを一緒にしないで」
恭弥がころころと笑う。
いつの間にか服も着ていた。
「……なにものなんだ!?」
「そんなことはどーでもいいから、オニーさん。オレのもんに手ェだした落とし前は、どうやってつけてくれるんだ?オレが誰だか当然、わかってるんだろ?」
「………未遂だよ。まだなにもしてない」
「恭弥はだまってろ」
途端、既に青かった男の顔色が更に酷いものになった。今日何度目か知れない「まさか」のあと、ガタガタ震える顎を懸命に動かして、呟いた。ヒバリ・キョウヤ。いわずと知れたボンゴレ幹部のひとり。冷徹で残忍だというあまり褒められたものではない評判はもはやイタリア全土に広まっている。そのヒバリが態々身元を隠して現れた理由は勿論、本人もよくわかっているはずだ。
「ボンゴレ幹部が来る理由に心あたりがあるようだね」
「違ッ……い、命だけは!」
「ウチのシマでクサはやめてもらえるかな?ボスが怒るんだ」
どこからか取り出したトンファーを男の横っ面に添えながら恭弥は面白くなさそうだ。ガキのころから人を使う立場にあったから、使われるのはやはり面白くないのだろうが、10代目の勅命を受けて動かないわけにはいかないのだろう。恭弥は昔から妙に義理堅いところがあるし。
震え続ける男を見るのは結構楽しかったが、残念ながらここからはボンゴレとこの男の問題だ。オレは部屋の外で待っていた部下を数人呼んだ。多分近くの建物にでも恭弥の部下がいるはずだから、この男とその部下の身柄を引き渡さなければならない。一通り指示を出すと珍しく、恭弥からお礼の言葉を頂いた。
「車で待ってるぜ」
「……わかった」
* * *
真っ赤なフェラーリは当然お気に召さないようで、恭弥は傷ひとつないボディを数秒睨みつけていたけどやがて観念して乗り込む。オレが何も言わないでいるとこれまた珍しく「怒ってるの?」としおらしいお言葉。確かにさっきまではかなりキレてたかもしんねーけど何時までも引きずるほどガキじゃない。というかもし怒ってたとしても今の恭弥の言葉で完全にご機嫌になったと思う。っとにわかりやすい性格だ、オレ。
「別に怒ってねーけど。まあ確かにおまえのそういうやり方は好きじゃない。手っ取り早くて楽かもしんねーが、もっと別のやり方があるってツナも言ってたぜ?恭弥の問題だし、他人が口出しするのはどうかとおもうけどな。」
「……沢田に言われて来たの?」
「ああ。未遂で終わるように、ってよ」
途端、恭弥が堰を切ったように笑い出したから当然驚いた。流石にエンジンの爆音には敵わないがなかなか大きな声で笑われる。何がなんだか判らない。恐る恐る声を掛けてみてもちょっとまって、といわれるだけだ。ひとしきり笑った恭弥は目じりに溜まった涙を拭いながら、まだ笑っているまま。
「ごめん、……沢田らしいと思って」
「は?未遂で終わらせろってことがか?」
「違う。彼、僕には『やりかたはヒバリさんに任せますから』って言ったんだよ。それから、仕事が済んだら2、3日はあなたのところへ行ってもいいとも言われた。でもそのかわり、報告書は事細かに書くようにって」
「……どういうことだ?」
「鈍いね。沢田は僕らをからかって楽しんでたんだよ。僕らって言うか、とくにあなただけど。ああそうか、だから僕に同行する部下が少なかったんだね。規模は小さいけど最近になって急成長したファミリーが相手だから、沢田にしてはおかしなことを言うと思ったんだけど……」
「あー、なるほどな」
キャバッローネがボス筆頭に大所帯で来るだろうからボンゴレの人数は少しでいい、と。しかも前もってウチがセキュリティに細工するだろうから恭弥は殆ど身一つで大丈夫だろう、と。で、ツナが報告書に求めているのは麻薬取引の実態ではなく、笑える要素、ってことか?恭弥もこういう性質の悪い遊びが嫌いではないから多分オレのことを面白おかしく報告するんだろう。まったく、暇潰しにしては非常に悪質極まりないことだ。
「なんだよ、ツナ暇なのか?」
「逆。常に部屋にカンヅメで物凄く不機嫌。だから妙な悪知恵が働いたんだろ」
「ったくあいつは……」
兄弟子を何だと思ってるんだ。恭弥も恭弥でまだ笑ってるし。ボンゴレのガキどもはどうもオレを馬鹿にしている節がある。つーかマジでおまえ。
「笑いすぎ」
「だって……部屋に入ってきたときのあなたの顔、かなり笑えた」
「うるせーな」
そういうところもツナに報告されるのだと思うとホントもう最悪だ。
どうしようもなく最悪な日