うそだろ。
と、口にしなかっただけ偉いと思う。ホント偉い、オレ。でも相当間の抜けた面をしていることは自分でも解っていて、自分でも解っているってことは当然、目の前のひとにも解るわけで。だらりと開いた口は慌てて閉じたけれど、うん、よっぽど馬鹿でへなちょこな顔なんだろう。目の前のひとは珍しく綺麗な微笑みを向けてくれたかと思うと、すこし冷えた手でオレの頬をするりと撫でてベッドを出て行こうとした。否、出て行った。

「ちょ、……まて恭弥!」
「なに?」

脱ぎ捨てたばかりのシャツを着直しながら振り向いたその表情はひどくなまめかしいし、頬は紅潮して目は潤んでいて、唇とその奥の舌も下半身も絶対にまだオレを欲しがっているはずなのに。なんでこーなるかなー。いや、でもまだ可能性はあるわけで。大人気ないことこの上ないけれど、まあ、その辺はご理解いただいていると思うから。

「あー…いや、その…ホラ、オレら逢うのすっげー久しぶりだろ?お前ンとこはヴァリアーのいざこざがあったし……ウチも最近結構忙しくて電話もロクにできなかったじゃねーか………」
「そうだね」
「だろ?だからもうちょっとだけ………」
「むり」
「きょーやー」
「あなた、さっきの電話きいてなかったの?」
「……きいてた」

過去に幾度となく『暇なんだよなー』とか、『明日の定例会議なんだけどさー』とか、ヤっている最中に山本から恭弥の携帯に電話がかかってきたことがあった。最初は偶然だと思ったけれど馬鹿みたいになんどもかけてくる山本にも、その電話に律儀にでる恭弥にもいい加減腹が立ったからある日、やっぱりヤってる最中にかけてきた山本を「そんなに暇なら獄寺の相手してやれ!」と怒鳴りつけてやった。直後、『だってよー。獄寺ー』という山本の暢気な声と聞き覚えのある喚き声と複数人の笑い声が聞こえてきたものだから思わず、そう、思わず、所謂『逆パカ』というやつをしてしまった。そのときオレはそれが恭弥の携帯であることを完ぺきに失念していて、勿論恭弥はキレて。まあ、後日電話を買いに行くという名目でデートできたのは嬉しかったけど。

ああ、こんな話はどうでもいいんだ。
とにかく、恭弥とふたりでいるときオレはいつも携帯の電源を切るようにしている。勿論、恭弥のもだ。キャバッローネの屋敷の、オレの部屋に直で繋がる番号を、雲以外のリング守護者たちは知らないから悪質なイタ電はそれ以来かかってこなくなった。ただ、厄介なことにボンゴレの10代目は当然、知っているわけで。恭弥の言う「さっきの電話」とは、先程やっとの思いで恭弥をベッドに誘い込んだ直後にツナがオレの自室にかけてきた電話のことで。部屋の主だから、かかってきた不届きな電話にでたのは勿論オレだったわけで。恭弥はこそこそ話をされるのは好きじゃないから、ハンズフリーででてやったら。『なんか声が遠いなぁ……ハンズフリーですか、ディーノさん?』ってさらりと言うものだから胸糞悪いことこの上ないわけで。そんなオレの気持ちを知ってか知らずか。いや、知ってるんだろう。『じゃあ代わってもらう必要は無いですね。すみません、ヒバリさん。この間のアレの報告書、見当たらないんですけど……戻ってきてもらえますか』とかいいやがって。いや、ツナが悪くないのは解っているし、ボスとしてツナの気持ちもわかるけれども。でも、と、縋るように見つめた腕の中の恭弥はあっさり「いいよ」と返したわけでして。

「ボスの命令だからね」
「それは………てゆーかお前、」
「……なに…」

あたりだ。言葉に先ほどまでの静かな覇気がない。ベルトを締める手もどことなく不自然で、表情も見ようによっては困惑しているようにも見える。これは。これはもしかしたらセックスの神が存在するとしたら、そいつはオレの味方なのかもしれない。

「お前…きついんじゃねーか?」
「……じゃあお言葉に甘えて、トイレ借りるよ」

それはないだろう、と思う。
慣れた足取りで備え付けのトイレへ向かう少し猫背になっている恭弥は結構グッとくるものがあるけれど。仮にも恋人の前で、そういう態度はどうかと思う。いや、確かにお手伝いしてそのまま解放できる自信はないし、急いでいる恭弥の選択としては正しいのだけれど。トイレで独り、善がる恭弥を想像して下半身が軽く疼いてきた頃、涼しい顔をして恭弥は現れた。お疲れ様でした。

「じゃあ車だしてもらえるかな」

さも当然のように言われて悪い気なんかするはずも無くて、オレは努めて冷静に、大人らしく。唯、残念がっていることをアピールするためにため息をつくことだけは忘れずに。

「……いいぜ、どれがいい?」
「ワオ、あなたが運転するの?」
「まあな。こんな時間に部下使うのもアレだし……」
「じゃあ……」

目を光らせ、品定めするようにオレだけを見て。
唇を舌で濡らしたのは絶対そういう意味だと思う。

「……『ディーノ』に乗りたい」
「……あんまり大人をからかうなよ」
「サービスだよ。それに、いつまでも子ども扱いするな」

とりあえず、黙って欲しがっている唇にキスをおとしてやった。