普段日光に晒されることのない其処は暗い場所で自ら発光しているほどに白かった、といえば大げさすぎる、と笑われる。本当だといってもまるで相手にしては呉れない。もう子供というには熟しているこの餓鬼は、誰を相手にしているのかわかっているのだろうか。

浅く呼吸する存在は、舌を這わせると小さく身震いした。これだから外は嫌なんだ、と我侭を言うものだから着ていたコートを握らせてやったら止める気はないんだね、との嫌味を頂く。駆使している最中の舌を発言に使うのは億劫だったので無視すると、今度は気を引きたいのか、鼻に掛かった声を漏らしだすから可愛いものだ。馬鹿みたいに高いプライドを持つ猫はそれを完全に破壊してやると、二度と逆らわない従順なものになる、と何かで観たか読んだか、それとも誰かに聞いたか忘れたが、恭弥はまさにそれだと思う。今のもそうだが、恭弥の嫌味は上辺だけのものであって、それほど嫌味なものではない。我侭もオレの許す範囲というか、オレを楽しませるためのものだと思うし、距離のとり方や接し方も完ぺきで、つくづく、いい存在を手に入れた、とおもう。

「ね、なんで『井の中の蛙』とか知ってたの?」
「は?」

あの程度の声では気を引けないと知ったのか、それとも質の悪い遊びに飽きたのか、恭弥の声はいつもと変わらない落ち着いたもので、しかし会話の内容が全く追いつけないものだったから怒る機会も機嫌を損ねる気力も見事にそがれてしまった。何の話だ、と尋ねると忘れたの、と返される。こちらはなにも悪くはないと思うのだが、なぜか嫌な雰囲気になるから不思議なものだ。というか恭弥さん、抱かれるときくらいおとなしくなんねーかまじで。

「初めて会ったとき、あなた僕のことをそう言ったよ」
「そーだったか?てかなんで今そんなこと言うんだよ?」
「気になったから。で、なんで知ってたの?」

子どもみたいに質問してくる恭弥は実際可愛らしいのだけれど、もはやグッとくるようなものではない。完ぺきに萎えた性欲を復活させることは結構困難で、恭弥にいたっては元々ヤる気がなかったのもあって行為は完全に停止した。愛撫をやめられて尚、腹を外気に晒している恭弥はそのうち寒くなって更には腹を壊すかもしれないが、そこは自業自得だろう。久しぶりのお外でのお誘いをスルーした罰だ。コンクリートの壁に日本人男性を押しつけ、その服をめくり上げたまま会話をするオレは変質者のようだと、人払いさせてあるから誰もこないとは思うけど一瞬、そんな考えが脳裏を過ぎった。ねえ、と何度か呼ばれて声の主を見下ろすと、どうやらオレの返答を待っているようで。井の中の蛙の話だったか?

「何度も言わせないで。どうして知ってたの?イタリアにもあることわざなの?」
「いや、なかったとおもうぜ。つかオレ国語苦手だったからことわざとかあんまり知らねーしな」
「……へなちょこ」
「ほっとけ。つーか腹、冷えるから服ちゃんと着ろ」

誰のせいだよと無邪気に笑う姿が無責任に可愛くて、やっぱり恭弥の腹を見捨てることは出来ないオレが何だか自分で不憫になった。貸したコートで肩を抱いて、24時間営業のファミレスにお誘いしたらあっさり承諾を得れたので、このまま歩いていこうかと提案したらそれは寒いと拒否された。少しはなれたところで車を暖めていたイワンと3人、近くのレストランに向かう道中、やはり気になるのか、恭弥はしつこく食い下がる。あんまりにもしつこいものだから折れてしまった。いや、別に隠すほどのことではないのだけれど、恥ずかしいというかなんというか。

「おまえが、初めてだったんだ」
「え、………なんのはなし…」
「生徒!おまえがオレの初生徒だったんだっつーはなしだ!変な勘違いするなよ!」
「あなたの言葉に問題があるからだろ」

運転席で遠慮を装って肩を揺らすイワンを睨みつけ、話の腰を折るのがうまい恋人には、もう話さん、と拗ねてみせた。途端に沈黙した恭弥は数秒の後、ごめん続けてと素直に言うからオレってほんと良い教育したな、と思う。実際、トンファーの攻撃に備えた体制をとる準備は出来ていたのだけれど、その事実は忘れることにした。

「とにかく、初めてなうえに相手は外国の見知らぬ子どもだ。オレは正直乗り気じゃなかったんだよ。でもリボーンの頼みだし、いつかはこーゆーこともしなきゃなんねーとは思ってたし、なにより断ったりうまく訓練できなかったらリボーンと、キャバッローネの恥だと思って引き受けたんだ。で、とりあえず日本のことを詳しく知ろうと思ったわけだ。一通りの日本語は喋れたけど、餅つきとかそーゆー和風な文化を、オレはよく理解してなかったからな」
「で、『井の中の蛙』?」
「『い』って結構はやくでてくるだろ、辞書で。で、井の中の蛙って字から、井戸の中のカエルだってことは解って、………最初は逃げ場がないことをあらわすと思ってたんだが」
「それは『袋の鼠』だよ」
「ああ、それで『袋の鼠』の意味を知ってからもう一度『井の中の蛙』をみて、あ、実はそーゆー意味だったんだな!みたいな。それで、いつか実践してやろうとおもって、使ってみたんだ。」
「……勉強熱心だね。『ふ』まで辞書読んだんだ」
「『ま』で挫折したけどなー」

笑ってみせると恭弥も珍しく微笑んだ。

「あなたのそういう熱心なところ、好きだよ」
「ごめんなさい恭弥さんもういちど言っていただいてよろしいですか」
「死ね。……ねえイワン、夜食はいいから、悪いけど屋敷まで送ってくれないかい。沢田に仕事頼まれてたのを思い出したんだ」
「おい、明日でいいだろ!?つかイワンもなに勝手にボンゴレ向かってんだ!」

隣でやはり無責任に笑う恭弥の表情は何時に無く穏やかなもので、オレはというとその笑顔に怒気もなにもかも殺がれるのだから、それはやっぱり『ほれた弱み』ってやつかもしれない。




カエル