仕舞いには鞭から手を外してしまうという、実戦ならば確実に命を落とす大失態を披露した挙句、ディーノは膝をついた。呆然とする間もなく振り下ろされたトンファーは頬の横でピタリと止められる。巻き起こった小さな風がディーノの金糸をふわりと揺らした。



弱くなったということはディーノ自身十分に自覚していた。前線から離れてかなり経っているし、戦闘訓練も雲雀に強請られる以外では全くといっていいほどしていなかったから、当然といえば当然なのだろうけれど、それにしても今日の負けっぷりは凄まじかった。あんなに圧倒された負け方は多分、ボスになって初めて味わうものだ。唯の遊びの最中だったとはいえ、彼のプライドにも似た感情はそれを許しはしなかった。ボスン、とキングサイズのベッドに飛び込む、その行為をガキみたいだと思った自分が無性に腹立たしくてそのまま枕に顔を埋めた。深く息を吸い込み、止める。枕を顔に当てているから大きな声を出しても響かないだろう。ディーノは「あー」とも「うー」ともつかない大声を枕にぶつけた。息が続かなくなって、声がかすれた。もう一度深く吸い込んで、声と共に吐き出すと、後頭部を叩かれた。黒いパジャマに身を包んだ雲雀が、驚いた顔をしている。なんで殴るんだ、と拗ねてみせると、気が触れたのかと思った、と真面目に返されてしまった。

「ヘコむなんてあなたらしくないね。……今日は不調だったんだろ。あまり集中してないようだったし」

ディーノの愚痴ともとれる相談を、雲雀は軽く笑い飛ばした。ベッドの中で寄り添い、他愛の無い話をすることは雲雀がキャバッローネの屋敷を訪れた夜の常だった。

「集中、してなかったか?」
「そうみえた……一昨日やったときより動きが悪かったよ」

雲雀の、偶にみせる一見解り難い優しさが、たまらなく嬉しくて。だからいつも気付かないふりをしたまま甘えさせてもらっているけれど。
今日、ディーノの注意力が散漫していたはずはなかった。両眼は雲雀の動きを捉えて離さなかったし、次に雲雀が繰り出してくる技を読むことも出来た。そしてその技のクセや間合いの広さまでを彼の脳は瞬時に計算し、回避する術を弾き出していたのだ。しかし振り下ろされる銀色を避けることは愚か、防ぐこともできなかった。無意識のうちに、膝を折っていた。動こうとする意思に、身体がついてこない。これほど寂しいことは無かった。

「恭弥はやっさしーなァ。惚れ直したマジで!」
「うるさい。寝言は寝てから言えよ」

へらへら笑うディーノの頬が雲雀に抓られる。たとえばここで、ディーノが雲雀の頬を抓り返すなり不意打ちと称して口付けするなりしたならば今までの話は唯の愚痴で終わったのに、彼はそうしなかった。涙目になりながらも抓る雲雀の手を、一回り大きな手で包み込んだ。ややあって解放された頬を撫でながら、困ったような笑顔をつくる。

「恭弥はさあ、オレが弱くなったらオレのこと捨てる?」

ベッドサイドの照度を落とした照明がディーノの顔を僅かに照らした。笑っているけれど目は真剣で、でもどこか泣きそうな、子どものような表情をしていて、雲雀は目を逸らした。昔から、人に見つめられることは好きではなかった。こと、ディーノには特に。

「今日のあなた、変だ」
「そーかもな……でもま、なんだかんだでオレも結構歳くったし。今日みたいな日も、そのうちもっと増える」
「……言い訳にしか聞こえない」

逸らしていた視線を、再び絡める。
そこには泣きそうな表情も、ふざけた顔もなくて。あるのは唯の寂しい大人の顔だった。そんな顔は見たくない、と雲雀の細胞が叫ぶ。口は堅く閉ざしたまま手を伸ばして、彼は元々落としてあった照度を更に低くした。そんな顔は見たくないし、今の自分の顔も見られたくなかった。

「おやすみ、恭弥」

そんな泣きそうな声も、聞きたくない。