出された苦すぎるコーヒーが冷めるまでの、短い時間。その男はひどく綺麗な顔で笑った。おおよそ似つかわしくない、別人のもののように華奢な笑顔だった。

「俺が死んだらあいつの事、頼むな」明日の天気を案ずるように軽く、そう言われた。普段の彼からは想像できないほどの穏やかな声に、心臓が跳ねたのがわかる。「何を……言ってるんですか。」泣きそうになるのを必死に堪えながら紡いだ言葉は月並みなもので、それに満足したのか知らないが、彼は柔らかく微笑んだだけだった。やめてほしい。だから本当、その笑い方はあなたに似合ってませんよ。鏡見たらどうですか? 思うだけで、口にはしない。できない。できるわけがないじゃなか!「俺の次にあいつを想っているのは多分……お前だから」その言葉の意味もよく理解できないままに、出逢った頃より蒼白くなってしまった彼の手を眺めていた。呪われたほうの手にゆるく重ねられた彼の、もうすっかり細くなってしまった指を、甲に浮き上がった血管をみながら、なにか言わなければと思えば思うほど、声帯が締め上げられていくような感覚が強くなる。「頼むぜ」

彼の痛そうな、切なそうな表情が瞼の裏から離れない。


あの時と同じカップに淹れた、今では美味しく感じる真黒なコーヒーを眺めながら漠然と想う。もしも。もしもあのとき「はい」とひとこと言えていたなら、彼は、あんなにも切なくは笑わなかったのではないだろうか。


『遺言にしては、性質が悪い』