死ぬ間際に見たものは網膜に焼きつくらしい。
馬鹿馬鹿しい、と彼は笑った。
それは現実主義の彼にしては至極当然の反応。現に自分も、莫迦な話だとは思う。仮に、それが事実だとしても、自分たちには関係のないことだ。
「俺は何人の網膜に焼きついてんのかな?」
「そりゃ、殺した人数だろ」
どこか自嘲的な表情で軽く言われたが、別にそれを不快とは感じない。だってそれは事実で、余計な気遣いなど虫唾が走るだけだから。
「んじゃ、ざっと1000人は超えてるさ」
「……可哀相だな」
「ん?」
「お前の面より、もっと良い物焼き付けたかったろうに」
「……言えてる」
任務の後で変に気が立っているのだろうか、訳も無く酒をあおり、莫迦な話に花を咲かせる。馬鹿馬鹿しい。自分たちが奪ったものは、既に死んでいる命だというのに。それに罪悪感を感じる必要など、微塵も無いというのに。それなのに、こんな話で感傷的になってしまうのは何故だろう。此処まで堕ちた自分たちでさえ、未だ、偽善的な精神があるのだろうか。神の救いを求めているのだろうか。そこまで考えて、自分に呆れる。馬鹿なことを考えてしまうのはきっと酒のせいだ。神の存在など、初めて武器を手にしたとき真先に否定したものだし、それに罪悪感も未練も何も感じてはいない。自分たちは神に選ばれ、そして捨てられた子なのだから。
「どうした?」
「別にー。今日の俺は莫迦だな〜って思ってさ」
目の前の青年が軽く眉を顰めた。きっと同じことを考えていたのだろう。
彼も自分と同じで神を信じず、それでも救いを待っている愚か者だ。
「お前はいつも莫迦だろう」
「酷ぇ………」
半笑いで酒を飲む恋人を無意味に愛しく思う。仮に神がこの世に存在するとして、役に立ったことは、この愛らしい人と出逢う機会を与えてくれたことくらいだ。いや、マジ、それだけには感謝します。心にも思っていないことと云うわけではない。ユウと出逢えたことは必然で運命だったと思っている。笑いたければ笑え。
いつだったか、このかけがえの無い命の存在と出逢いに感謝し、一生愛し続けるという想いは、確かに神に誓ったものだった。誓いというよりも祈りに近いそれは、何時しか独占欲に換わりはしたけれど。
自分で言うのもなんだが、独占欲は強い方だ。彼に出逢ってから気づいた自分の意外な一面。元来、物に執着することは無く、物欲に乏しかったのだが、神田ユウという存在だけは別。というか別格。これから先、喩え死んでも手放したくない、たったひとつの大切なモノとなった。
「なあ、ユウ」
「なんだ?」
「今俺が、お前の首に手ェ掻けたらどーする?」
その漆黒の瞳に最期に映るのは、自分であってほしい。
その問いに、彼は応えなかった。
唯、そのときに見た彼の笑顔が、久々に見た彼の自然な笑顔だったように思う。
お望みならば今此処で。
身悶え善がり、消え逝く君を見ながら、僕は笑顔で。
その柔肌に、その首筋に。無数の痣が残ったとして、
それは僕の愛の証。
その眼に、その細胞に、僕の姿が焼きつくのならば、
それも僕の愛の証。
それほどまでに君を想う。
「それより速く、斬ってやるよ。」
結局は唯の利己的な考えに過ぎないけれど。僕ら