その自嘲気味に笑う姿や、
時折無意識に細められる独眼が。
愛しくて。
憎らしくて。
狂おしいほど愛おしい。
ラビという男の部屋が、たまらなく嫌いだった。
山積みにされた資料や文献、得体の知れない生物の薬品漬けが、彼の部屋には在った。それが、彼の継ぐべき地位や負うべき運命、自分と彼との立場の違いを具現化しているように思えて、神田は居心地の悪いその部屋を、心底嫌っていた。コムイほどではないが、世辞にも整頓されているとはいえないその部屋の奥、シングルサイズのベッドに、この部屋の持ち主と思われる白い塊を見つけた神田は、喉の奥で静かに笑った。普段馬鹿みたいに陽気に振舞っているこいつが、こう云う様になっているのを見るのは気分が良い、と。
「ユウ……か………」
乱暴にシーツを剥ぎ取ると現れた男は、神田の姿を認めると至極面倒くさそうな声を上げた。喉をやられているのか、その声は異様に枯れていて聞き難いものだった。が、神田はそんなこと気にもかけず、唯面白そうに笑った。
「いいザマだな」
その言葉にベッドの中の彼は酷く不機嫌になる。
からかいに来たのなら帰れ、と目で訴えられるが、神田は気づかないふりをして弱りきったラビをまじまじと見つめた。
優越感に満たされた視線と、不満だらけの視線が僅かな間、絡まる。
先に目を逸らしたのは寝転んだままの彼で、それを見下ろす彼は、それはそれは嬉しそうに笑った。この男にこれ以上の侮辱は無いだろう、と。
「チッ………」
舌打ちをしたのは、それが癖の神田ではなく、ラビだった。
寝室で、自分と相手しか居ないというのに、手を出すだけの体力が無い自分に苛立った彼は、せめてこの生意気に歪められた唇だけでも貪ってやろうと、重たい身体を起こし、えらそうに見下ろす恋人の腕を引いた。バランスを崩し、神田はベッドに倒れ込んだ。しかし、ここまでは計算どおりで。キス以上のことをされることは無いという確信もあったので、されるがままに唇を開きその淫らな舌を受け入れた。熱を持ったそれは、いつもよりも熱く、それが身体の芯まで熱くさせる。その何とも云えない快感に、神田の身体が僅かに震える。きつく吸いあい、蕩けあう。懸命に応えていた舌も余裕をなくし、酸素を求めて神田が吐息を洩らすと、ラビは満足そうに銀の糸を引き、唇を開放した。
「調子に乗るから、オシオキ」
「………風邪、うつったら殺すぞ。」
「ダイジョブ。なんとかは風邪引かないって言うさ」
暫く無言で睨みあった後、口を開いたのはラビだった。
神田の頬をゆっくりと撫でながら、このうえなく愛しそうに、憎そうに。
「ときどき、ユウが嫌になるさ」
その言葉に、神田は微笑んだだけだった。
「ユウだけじゃなくて、俺自身も、世界も、みんな………」
目を伏せて至極苦しそうに語るラビに、神田は同情などしない。あたりまえのことだ。ラビは時たま、酷く自虐的になり、自分も含め、全ての存在に嫌気が差す、不安定な精神状態に陥る。これは昨日今日はじまったものではなく、もはや彼の持病のようなもので、その一時の気まぐれを一々気にかけていてはこちらが精神病に成りかねないのだから。
だがしかしまた、神田にとって、そんなラビは、“面白いもの”に分類される。普段の、何もかも背負って粋がっているラビより、自分の非力に落ち込むラビの方が新鮮で断然面白い。それに、落ち込む男を立ち直らせることが出来るのが自分だけだという事実は結構な優越感を与えてくれるのだ。神田はゆっくりと身体をベッドに沈めると、ラビの耳元で吐息と笑い混じりに囁いた。
「いやに、しおらしいな。」
瞬間、眉間に皺を寄せられる。
また暫くの無言。そして彼は僅かに口角を持ち上げると。
「普段の仕返しでもする?」
「してほしいのか?」
「んにゃ、遠慮する。ユウ、マゾだけど本気出したらサドだから。」
「……お前程じゃねェよ」
耳朶を噛み、誘うように舌を這わす。
余程風邪が酷いのか、神田の度が過ぎた悪戯にもラビは抵抗することはなく、神田は機嫌を良くして行為を続けた。愛撫と呼ぶには余りに子供っぽいそれを顔から胴体にかけて施していく。元々荒かったラビの息が風邪からではない熱を帯び始め、それにまた気を良くしていた。
腰の辺りに触れたとき、くすぐったかったのか、ラビは身を捩って笑った。やっと笑ってくれたことが嬉しかったが、それよりも悪戯を続けたい気持ちが勝ったので、神田は彼の手首を掴み、抵抗する体をベッドに押さえつけた。そしてふと、自分が押さえつけている白い手首に目をやる。そういえば、此処まで無防備なラビを見るのは初めてかもしれない。他人の身体は好き勝手に弄ぶくせに、自分のことになると硬い殻に閉じこもってしまうラビは、勿論、人を上に乗せ、全てを曝け出すことなど無かった。もっとも今、全て曝け出してくれているかどうかはわからないが。
手首を見つめる神田に気づいたラビは、殊更明るく笑った。
「殺すなら、今だぞ?」
嗚呼、そう云う選択肢もあったのだな。
神田は薄く、それでも至極幸福そうに微笑んだ。
バランス