この命の価値は、一握の砂よりも軽い。
穏やかに詠う風にさえ、容易く攫われるほどに。


総てを呑み込み沈んでゆく太陽を、ラビはぼんやりと眺めていた。
今日死んだ仲間の命も、あの黄昏とともに沈むのだろうか。あの黄金の光を放つ星は、総てを道連れに沈みゆくのだろうか。いつのまにか辺りは深い紅に染まっていた。それが、今朝方見た仲間から広がる血の海にあまりにも似ていたものだから、ラビは僅かに眉を顰めた。

「居ねぇとおもったら、こんな所に居たのか」
「なんで………?」
「お前の行きそうな場所くらい解る」

足元の草が冷たい風に靡く。
教団の森の最深、ひらけた野原はラビと神田以外誰も知らない場所だった。幼い頃は、秘密基地と称してよく遊びに来ていた。今では、お互い任務もあって滅多に来なかった。来るとしても黄昏時、懺悔をするために独りで訪れた。

「帰るぞ」

そう言いながらも、神田はそれ以上ラビを促さず、唯背後に立っているだけだ。依存し合ってしまうふたりは、距離を置いたほうが良い。それをよく知る神田は、それ以上距離を詰めようとはしなかった。その優しさが嬉しくて、つい、甘えてしまう。悪い癖だとわかっていても辞めることなどできなかったし、神田もまた、そのささやかな甘えを赦していた。涼やかな風が通り抜けるなか、ラビは再び目を閉じる。

「4人さ……死んだんだ」
「知ってる」
「俺の………俺のせいだ」

その言葉に、神田は応えなかった。
その、正直な反応に思わず苦笑する。

まだ此処に居たかった。
唯のエゴだと解っていても、それでも亡くなった彼らを想っていたかった。暫しの沈黙の後、神田が口を開く。同情や哀れみなど一切無い、彼らしい言葉だった。



「お前に力が無ぇからだろ。」



何かで直に脳を殴りつけられたような、激しい衝撃が奔った。
誰より自分がよく解っていて、認めたくなかった真実。ずっと眼を逸らし続けた結果、大切な仲間を失うことになった。総ては、ラビ自身の不甲斐無さの責任だった。そしてラビは、それが解らないほど幼くもないし、それを他人のせいにできるほど卑劣な大人でもなかった。それを知ってか知らずか、教団の誰もラビを責めなかった。それが逆に彼を苦しめることになるということに気づいていながら何も言わない者もいる。そんななか、神田だけはラビを直視して、誰も言わなかった禁句を口にした。救われたと、そう想った。



「そうだな………」



神田は何も言わず、唯ラビを見つめるだけだった。
風だけが、ふたりの間を無遠慮に通り抜ける。



「俺が死ねば……よかったかもな」



刹那、神田が大きく眼を見開く。
唯では死ねない身体を持つ分、命を軽く見ていると思われがちだが、実際神田は教団内の誰よりも死を恐れていた。自分の死ではない。人の死だ。何時死んでもおかしくない状況のなか、神田は優しすぎた。故に人と関ることを避け、独りであり続けた。仲間が死ぬのは観たくなかった。そして故に、自らの命を軽んじる人間が許せなかった。それが自分が最も深く関っている人物だったのだから、尚更腹が立つ。

「……へタレ。」
「ごめん」
「謝ってんじゃねぇよ」

それでも、ラビの唇から零れ出るのは謝罪の言葉だけ。
繰り返し発せられるそれは神田に向けたものか、それとも死した仲間に手向けられたものか。

「殺した奴」
「え……?」
「死なせた奴、残された奴、これから殺す奴。」
「ユウ?」
「そいつらの命、全部抱えろよ。責任持て」










「そいつらの分まで、生きろ」












風が強まってきた。

哀しませてしまった人たちの分まで生きたとしても、それでも唯のエゴに過ぎない。献身的に生きるとして、しかし遺族からは恨まれ、この手はまた、血にまみれるだろう。自分は殺すことをやめず、犠牲を増やすだけだ。そこまで重い責任を背負って生きたくはなかった。そこまで強い人間にはなれそうにもないし、なりたくもない。
勘の良い幼馴染は、背を向けるラビが考えていることを敏感に悟った。そして発する曇り無きその声は、突然吹いた一際大きな風のなかでも、はっきりと聞き取ることができた。














「生きろ、ラビ」














まるで、神の声。
神の赦しの言葉だった。

「生きる糧が無いのなら、俺がなってやる」

神田はゆっくりと近づき、両腕をラビの身体に回す。
彼の身体が微かに震えた。

「誰に責められても、窮地に陥っても、俺のために生き続けろ」

言い知れぬ暖かいものが胸に湧き出すのを、ラビは感じていた。腰に回された腕に、僅かに力が込められる。愛しいとおもった。護ってあげたいと思った。

「俺のために生きて、俺の傍で、俺の赦したときに逝け」

その不器用な優しさがどうしようもなく嬉しくて。
居場所ができたことが、たまらなく心地よく感じられて。
無意識のうちに、涙が頬を伝っていた。


英雄