頭上でけたたましく鳴り響く時計をやっとのことで探し当て、乱暴に叩く。
同時に作動したエアコンの単調な電子音を聞きながらゆっくりと目を開けると、未だ外は薄暗かった。時刻は午前6時30分。そろそろ朝食の支度をしなくては、愛しい恋人の機嫌を損ねることになる。低血圧な彼は朝にめっぽう弱いので、自分が先に起きて部屋を暖め、朝食を作ることになっていた。確か、魚の干物があったはず。

未だ覚め切らない目を擦り、脳に酸素を取り込みながら、恋人の寝顔を観察する。
女と見まごうばかりの整った顔。宇宙を思わせる漆黒の瞳は、今は長い睫に縁取られた瞼の下に隠れている。首元には昨夜の情事の痕跡が咲き乱れ、その艶やかな様に満足した。

ふと、となりで安らかな寝息を立てる青年の、その左胸に違和感を感じる。確かに在った筈の死の刻印はその胸には無く、只雪のように白い肌が広がるだけだった。目を閉じて、もう一度開いてみるが、やはり梵字は無い。

真冬だというのに俄かに汗ばんでいる自分に気付く。
あの、常に付きまとう喪失感、負った傷を瞬時に癒す、魔法のような其れと、その様子をどこか切なげな眼差しで見つめる恋人。こんなにも鮮明に思い描くことの出来る其れは、夢と呼ぶには余りにも痛々しい、まるで現実。

「………どうした?」

いつの間にか目を覚ました恋人は寒さと気だるさに眉を顰めながら、それでも気を遣ってくれた。その姿と、死ぬ間際のあの姿が妙にダブって見えて、しかしそれを悟らせないように柔らかく微笑みながら長い黒髪を梳く。

「いや、別に。只………」
「只、なんだ?」
「夢見たんさ」
「………どんな」
「此処じゃないどこかで、俺達、黒い服着てて」

自分のものか敵のものか解らないほどの血に塗れていた。
沢山の仲間が死んで、誰が仲間なのかわからずに、何をすべきなのか解らずに。全てが赤の、燃え盛る炎と爆発の世界で、何故だかひどく白かったお前の肌と、もう役目を果たすことの無い梵字だけが鮮やかで。色を無くした唇と光を失った瞳だけが鮮やかで。

最期の、一筋の涙がやけに綺麗で。



やけに、綺麗で。



「何かと戦って、死ぬ夢。」
「・・・・お前、ゲームしすぎじゃねェの?」
「・・・・・そうかも。」

でもそれは。
それは、マボロシというには余りに鮮明な『記憶』。

マボロシ