きっと僕らはずっと、
手放せずに、浸り続ける。

寒いときは極力身体を縮めて必要以上に行動しないというのが、二人の間では最早お決まりで。だから車のクラクションが響き渡る大通りや、人のざわめきが煩すぎる商店街なんかではお互い、一度も口を開かなかった。二人の間で流れるのは、スーパーのビニール袋とナイロン製のコートが擦れる音だけだ。

鍵を鍵穴に差し込むという至極単純な作業も困難になるほど、手が悴んでいた。冷え切った大気に無防備に晒されていた手は、重い袋を持っていたこともあり、赤く変色している。隣からひしひしと伝わってくる圧力になんとか耐えながら、ラビはようやく、ドアを開く。

「さむ………」
「今年一番の寒波らしいさ」
「どーりで。」
「いまエアコン入れるから」

玄関からリビングへと運び込まれた今晩の食材と夜食、お一人様おひとつ限りの298円ティッシュを片しながらの神田のぼやきにラビは律儀に応えた。別に同意を求めたわけでもない。もとより、会話する気もなかった。にもかかわらず、こうして話をしてしまう。

「エアコン、効き悪ィな………」
「もーすぐ暖かくなるさ」
「………俺にもコーヒー」

何気ない会話、何気ないやり取り。
当たり前で、自然な行動。

「ほい」
「ん」

座っていたソファに新たな重みが加わり、小さく軋む音がきこえた。自分より体重のある右側に僅かに体が傾いてしまうのも、いつものこと。

一口飲むたびに身体の芯から暖かくなるような感覚。苦過ぎもなく、甘くもない、いつものコーヒー。部屋に広がる柔らかな豆の香りは、気分を落ち着かせると同時に、脳を優しく侵食してゆく。

「あ」
「んだよ」
「独りじゃなかった、ってさ、独りになってから判るんだよな」
「いきなり何だよ………」
「いきなり?」
「いきなり。」
「そう?」
「そう。」

馬鹿みたいな会話のやり取り。
だがそう、確かに、こうして話せるのは相手が居るからなのだ。独りでは自問自答は出来ても、あたりまえだが、誰かと会話することなど不可能なのだから。

会話する相手が居る。
コーヒーを淹れてくれる人が居る。
こんなに近くに、暖かさをもった人を感じる。

そう考えると、何故だろう。
不思議と幸せな気分になってくる。

幸せ。

少し前までは自分にとってこれほど無関係な言葉は無い、と思っていたのに。いつのまにか其れを手にしていた。それがどうにも可笑しくて、余りにも自分に似合っていなくて、笑えた。

「なあ」
「ん」
「手袋、買えよ」
「何さ、いきなり」
「いきなりか?」
「いきなり、さ」
「………そうだな」

こんな、どうでもいい様で、とても贅沢な、至福の。