広い部屋の中央で、世界の終わりを待っている。


手の中の小箱をまったくの無表情のまま見つめるラビは、神田から見ても恐ろしかった。ラビという男は偶にひどく冷徹になる。他人に対しても、自分に対しても。それは彼の性格であり性質であるから、神田は何も言えないし、言うつもりも無い。だが、自分の存在が彼にとって少しでもプラスになればいい、と常日頃から思っていた。ゆっくりと近付き、掛ける言葉を捜していると先に口を開かれてしまう。壊れたんさ。低いトーンというわけではない。だが感情が全く含まれいていない声は、家具の少ない部屋にやけに大きく響いた。

「なにが」
「オルゴール」
「………お前のか?」
「ん、貰った」

もう何年も前。
ブックマンという身分を隠して初めて参加した戦争。黒い団服を身に纏い、偽りの仲間意識を維持しようと必死になっていたあの頃。向かってくるアクマと、おしよせる罪の意識と戦いながらなんとか護り抜いた街の少女に貰ったものだった。

『ありがとう』

その軽やかな声と言葉は、今でも夢に見るほどにラビを捉えて離さない。その言葉が嫌でたまらなかった。その言葉を聴くたびに気持ちが揺らぎ、沈んでいく。

『宝物なのよ』

それを笑って手渡す彼女の優しさが痛かった。
アクマに抉られた傷よりも、眼帯の下よりも遥かに痛かった。

『大切にしてね』

せめてそれだけは守ろうと、今まで大切に保管していた。
普段は出来るだけ見ないようにして、どうしても気持ちが不安定なときにだけねじを巻いた。少女の声と同様に軽やかな旋律は、いつも全てを癒してくれて、ラビは何度も救われた。


今日、どうしても聞きたくてねじを巻いた。でも、出てきた音はあのころのメロディーではなくて、あの頃の音は二度と出なくて。何故だか解らないけれど、とてもショックだった。

「オルゴールのこと、よく知らねェけど、磨り減ってるんじゃねーか?」
「さあ、どーだろーなー」
「リーバーにでも看てもらえよ」
「いや、いい」

たとえそれでまたあの旋律が聞こえるようになっても、それは彼女が愛した旋律ではないだろうから。俺が癒された旋律はもう何処にもなくなっているだろうから。

「俺達もこうなるんかな」
「なにがだ?」
「少しずつ少しずつ、何かがズレていって」

音が合わなくなって、不快なメロディーを生み出し、やがて。

「音、出なくなるんかなぁ」
「音のでねェオルゴールは、只のガラクタだ」

言う神田のほうを見ると、なにかを真剣に思案している表情をしていて、その右手は左胸の洋服をひどい皺になるほどに握り締めていた。


互いに、どういう言葉を掛ければいいのかわからずに。
只時間だけが過ぎていく。



旋律