長い沈黙の後、唇に乗せるのは。
瞳を閉じると緩やかに流れ出すのは。
心に染み込む幸せと、溢れんばかりの愛の調べ。
窓から差し込む柔らかな午後の光の中、ソファに座り、静かに本を読んでいたラビの右手が、同じように腰掛ていた神田の左頬に添えられる。いきなりのことに神田は思わず身を引いてしまった。
「………なんだよ?」
「んー、別に気にせんでいいさ」
「いや、するから。」
元来、思っていることを口に出さない性質のラビの行動はいつも突発的で驚かされる。付き合いの長い神田にとっても、彼の感情を読むのは難しいことだった。世辞にも良いとはいえない頭で彼の行動の真意を見極めようとするが、やはり理解できず頭上に疑問符が飛び交う。その間に手は頬を離れ下ろしたままの黒髪を梳き始めた。
「なんなんだよ、お前」
「別に何にも」
髪を撫でるその手は何処までも優しく心地いい。口元に柔らかい笑みを湛えるその表情は、例えるなら、春のそよ風。優しく包み込む雰囲気はひどく甘く穏やかだ。
「ユウ……」
「なんだ?」
「甘えていい?」
「もう、甘えてんだろ」
ぶっきらぼうに応える少し震えたその声も、ほんのり朱に染まった頬も、全てが愛しく感じる。文句を言いながらも好きにさせてくれるのは彼の精一杯の優しさ。そしてその優しさを受けることが出来るのは世界で唯一、自分だけ。微かな優越感にまた、心満たされる。
そっと、あまり背丈の変わらないその肩に頭を預けてみた。少し嫌そうな顔をされたが、今日は甘えても良いということなので咎めるような視線は無視して甘えさせてもらおう。肩口に顔を埋めると、心の底から安らげる甘く暖かい、
「ユウの匂いがするー」
「………甘ったれ。」
独りだということに、引け目や劣等感を感じたことは無い。だがこうしてふたりで寄り添っていると、そのなんとも云えない安堵感が心を満たす。陽だまりのなかだと云うこともあって、眠気を誘われる。そういえば昨日は夢見が悪くてあまり眠れなかった。
「ユウ。」
「ん?」
「手ぇ繋いでいい?」
「嫌。」
そのときのお前の顔ときたら。餌のお預けをくらった犬のようなものだったので、思わず笑ってしまった。
からかわれていると解ったラビは、しかし怒るどころか説教を始めた。愛が足りないだの優しくないだの、愚問ばかりを並べ立てて。全くもって愚問。こんなにも溢れているそれは、確かにお前に届いているというのに。それに神田に言わせれば、情事の際のラビの方がよっぽど優しくない。
交わす言葉の、発せられる音のひとつひとつが甘い空気を濃くしていく。そしてほら、結局最後には「だから、手ぇ繋いで?」になる。どこがどうなって“だから”なのかは解らないが、嫌な気もしないので手を差し出した。優しく包み込む手は神田のそれより一回り大きく、刀を使っている神田よりも硬く骨張ったもので、しかしその感触が神田は好きだった。指を絡め、そこからお互いの鼓動を感じる。今同じ空気を吸っていることの幸せをかみ締めながら。
「ユウ。」
「今度は何だよ」
「キスしていい?」
「嫌に決まってんだろ」
そのときのお前の顔ときたら。以前殺ったアクマの死に際の表情と似ていた間抜け面だったから、思わず声を立てて笑ってしまった。
如何して笑われているのか解らないラビは、それでも神田の手は握り締めたままで打ちひしがれている。あまりに素直な反応を示すラビに、呆れを通り越して愛しささえ込み上げてきた。と同時に、少しの罪悪感が湧いてきたので、仕方なく首をかしげ、眼を閉じてやる。すぐに降りてきた唇は優しくて、今日の日差しよりも遥かに温かかった。重ねた唇は徐々に深さを増し、お互いの吐息を奪い合うまでになる。酸欠になった神田が胸をたたくまで、ラビは口付けを止めなかった。
クスクスと笑いながら狭いソファの上で戯れる。ふと小さな笑いが消えたのは、ラビが神田の両肩の横辺りに手を着いて覆いかぶさったとき。突然真剣な表情になるものだから、つられて神田も口を閉じ静かに見詰め合う。
「好きさ………」
あまりにイキナリな、その台詞。言葉と同じく真っ直ぐ見つめてくる独眼は慈しむように揺れ。いつも以上に優しく囁かれれば途端、どうすればいいかわからなくなる。
「………………俺もだ」
自分でも聞き取れないほど小さく返してやれば、その途端、あんまり嬉しそうに笑うものだから。照れる前に嬉しくなってしまった。“愛されている”という実感が湧いた。笑い合い、じゃれ合う。暖かいこの時間が、とても心地いいから。このままずっと、馬鹿みたいに笑い合いながら死んでいけたら、なんて。馬鹿なことを考えてしまった。
『願い』は。
叶わないから『願い』だということを、身をもって知っているというのに。
ラビュー・ラビュー