この世に偶然なんかない。あるのは必然だけだ。

いつだったか新手の宗教にでも引っかかったかのような真剣な眼差しで後輩たちや三橋に演説していたのは確か泉で、そのとき笑いながら傍観していたオレは、”だけ”とまではいわなくても必然が出来事の大部分を占めているとは思っていたのだが、今日だけはその考えを撤回することに決めた。



さ い あ く だ




一週間前、元希さんと久しぶりにデカい喧嘩をして、3日前に急遽、武蔵野との練習試合が決まったのも偶然だろう。前日の天気予報は確かに雨といっていたのに、現在眩しすぎるくらいに日が射しているのも偶然に違いない。更に今日が5月24日だということも絶対に偶然に決まっている。という愚痴を栄口にこぼしたら「きっと仲直りさせようとしてくれてるんだよ」とにこやかに笑われた。なにがだよ、と問う前に傍を離れられた。なんだか今日は厄日のような気がする。口にだしたつもりはないが出ていたらしく、ちょうど近くに居た巣山に「今日は大安だぞ」と笑われた。お前はなんでそんなこと知ってんだよ、と突っ込む前にやはり彼も遠ざかっていく。じゃあきっと今日は星占い的なアレが最下位だったんだ、と自分を納得させようとした隣では本日1回4回と続けて長打コースが決まった泉が、「オレ今日スゲー運いいわ!」とご機嫌だった。そこはお前、運じゃなくて実力だと思えよ、と声を掛けようとしたところで、今度はオレがネクストサークルに向かわなくてはならなくなる。チームはリードしていたけれど、気分はなんとなく最悪だった。

思ったより早くにまわってきた、多分今日最後の打席では、元旦那であるところの武蔵野のエースの視線(というか最早ガン)を一身に浴びることになった。足元で秋丸さんがサイン見ろよバカ、と舌打ちするのが僅かに聞こえる。この様子だと、秋丸さんは今日が何の日か知らないようだった。中学からの付き合いなのに、と思ったが、よくよく考えてみると男同士で誕生日を意識しているのはそういうゴカイの種になりそうなことかもしれない。

小気味の良い、オレが好きで好きでたまらない音を響かせて、あの人の速球が秋丸さんの構えたミットに納まってオレの出番は終わる。三振だ。ついでにいうなら今日3度目の三振だ。要は全打席三振ってことで、それこそ最悪なことだったけれど、更に最悪だったのが、ベンチに戻ったら皆が皆、変に気を遣ってくれたことだった。偶然に、ご機嫌が持続している泉と目が合った瞬間、これはアレだ、射手座でO型な奴が運がないんだ!と閃いたので泉に血液型を尋ねると至極怪訝な顔で「Oだけど…」と返された。


                 * * *


試合が終わって、着替えている最中だというのになんの遠慮もなくノックのひとつもなく、オレらに宛がわれた更衣室に入ってくるのは勿論元希さんで、目が合うなりお決まりの”タカヤテメー”が鼓膜を揺さぶった。なんでメールかえさねーんだよ!
室内に居る全員の目が一瞬オレに向いてすぐに逸らされた。三橋には怒るくせに、と誰か(多分泉か水谷らへん)が呟き、誰かがそれに同意して笑い、また違う誰かがそいつらを嗜めたけれど、そんなことは今はどうでもいい。蛇に睨まれたカエルではないけれど、結構居心地が悪いのは、目の前の元希さんが瞬きもせずにこちらを見ているからだった。けどオレにだってプライドはあるわけで、そんな目で見たからってオレが簡単に許すと思ったら大間違いだってところをアピールしなければならないわけで。ちなみに元希さんは、自分のどういう仕草にオレが弱いか知り尽くしているので厄介なことこの上ない。

「…………すんません気づきませんでした」
「なわけねーだろ!………なんだよまだ怒ってんのかよ」
「別に。つかみんな迷惑してるんで出てってくれませんか」
「オレの学校だっつーの。つか……なんか言うことないの、お前」
「なんでだよ!あやまんのはそっちだろ!」
「そーじゃねーよ!お前、……今日、何の日か知ってんだろ!」

そう言った元希さんの声には珍しくちょっと照れが入っていて(それにオレが絆されそうになったなんていうことは決してない)、だから今日あんなに見てきたんだな、と今更ながら気づく。けど嫌だ。こんなところで言うのは嫌だ。なんだよこれ。公開イジメじゃねーの。つか今日マジで最悪だ。それぞれ自分の身支度に戻っている連中も、耳だけはこっちを向いているに決まっている。田島なんてガン見してるし。
けれど目の前でオレを見下ろす元希さんの目はさっきまで期待の色を宿していたのに今はすっかり懇願のそれになっていて。

つーかオレはアンタがそんなふうに言って欲しそうな顔するから、よけい言いたくないんですよ。まだこないだのことも許してねーし。

泣きたくなるくらい最悪だったのは、本心からでた言葉が、自分でも吐きたくなるくらいに甘ったるい声だったことと(だから驚いた西浦全員がこっちを見た)「可愛い過ぎる」とか「こないだごめんな」とかその他もろもろ歯の浮くようなことを言いながら元希さんが周りなんて一切気にせずに、これオレマジで骨折れるんじゃねーか、ってくらいにきつく抱きしめてきたことだ。



2008/5/24
親愛なるアンタに。
……おめでとうございます。