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大雪だなんだとテレビや新聞で目にする度に、騒ぎすぎだ と思っていた。全国ネットの放送で『東京大雪』なんていって、たかだか3センチほど積もっただけの雪に大騒ぎするのはなんだか恥ずかしいような気分にさえなった。だってそうだろ?もっと北に住んでるひとたちからみればこのくらいの雪、雪の数にはいらないに違いない。こんなことでいちいち騒ぎ立ててるのはちょっと大げさじゃないのか と思っていたからかどうなのかは知れないが、2月×日つまり今日、の夕方、つまり今現在、オレは酷い目にあっている。
乗り込んだバスが先ほどから全くといっていいほど動かないでいる。言うまでも無く雪の影響だった。オレたちは埼玉県民だから関係ない。大雪だろうがなんだろうが、スポッチャはオレたちを呼んでいる! そう豪語したのは今は受験の真っ最中だと笑っていた山サンで、よく言った!それでこそ男だ! と乗ったのは言わずもがな、慎吾さんなわけで。ふたりに連れられてラウンドワンに行ったはいいが、なんだかんだで入試のことが頭から離れない山サンは微妙にローテンションで、結局、普段は叱られるほど喧しいメンバーだというのにあんまり盛り上がらないまま解散となって、そんで乗ったバスがこの様で、どんだけ運悪いんだ今日のオレ。
「なァ、全然動かねーんだけど」
「仕方ないでしょ、……ったく、だから嫌だっつったんだよ」
「はァ?オレのせいじゃねっつの。つか前から思ってたけどお前口悪すぎ。年上にその態度はねーだろ」
「安心してください、元希さん限定でこの態度です。ていうかどう考えてもアンタのせーでしょーが!」
「ンだとてめェタカヤ!調子のってんじゃ……」
他の客の苛立ちをも高めるような会話はまだ続いているが、気になったのは『モトキ』という単語だった。モトキといえば、埼玉で野球やってて投手で2年のオレが知ってる奴はひとりで。すぐ後ろ、最後部座席にいる人間がオレの思っているモトキかどうか気になった。そうなると厄介なことこのうえない。気になったことはすっきりさせておきたい派なもので、どうしても後ろの座席を確認したいという衝動に駆られてしまった。乗客がまばらなのをいいことに後ろの口論はどんどんエスカレートしていく。ちょっとくらい盗み見てもバレやしないだろう そう思って、ちらっと、本当にちらっとだけ振り返ったら、物凄く運の悪いことに確り、モトキでないほうと目が合ってしまった。妙に気まずいのは、そいつが知ってる人だったから。
「あ……ちす。すんません煩くして…」
「……や、別に…」
「あぁ?だれ?知り合い?」
西浦の捕手を押し倒して窓側の席から現れた顔は、果たして俺の知るモトキ、榛名元希だった。押し返そうとする西浦の性悪捕手を気にもかけず、榛名は暇つぶしを見つけたような表情になった。
「お、高瀬じゃねーの。なに、知り合い?…あ、夏あたってたっけか?」
「はあ…まあ知り合いというかなんというか……その節はどうも」
「あ、いや、こちらこそ……つかふたりはどういう関係?」
唐突な質問だったと思うが、許して欲しい。オレは気になったことは解決したい性格だから。だって武蔵野のエースと西浦のキャッチがふたりでいるなんて不思議だろ。学校も近いわけじゃないし。利央経由で田島とは会ったことあったけど、こっちは試合以降初めて会う。確か、アベ。安倍だったか阿部だったか知らないけど、アベ。そいつはオレの質問に若干気を悪くしたみたいな表情をして、シニアの先輩なんです と答えた。
「へー」
「つーか高瀬もこっち来いよ、どーせ暇なんだし、な!」
『どーせ』といわれたのが若干ムカついたが、暇に違いないので最後部に移る。3人座っても、まだ全然スペースに余裕があった。あと、榛名が意外にもフレンドリーで驚いた。アベの肩を抱いて、やけに上機嫌に喋る。オレが、榛名のこの異常なまでの上機嫌が、アベタカヤあってのものだということを知るのはもうすこし後のことだ。
「つーわけで、マイ ワイフ」
「”元”ですよ、”元”」
「へー!」
意外だった。どちらも試合外で会うのは初めてだが、ぱっと見我が強いというか我がままというか互いに反発し合うような性格だと思った。ワイフって言うからには正捕手だったんだろうけど、うまくいくのだろうか。仮に組んだとしても互いの能力を最大限に引き出すことはできないのではないか。何も考えずに思ったままを言ったら、ふたりは顔を見合わせた後こちらに向き直って真剣な表情を作った。ツリ目とタレ目に同時に見られて若干居心地が悪くなる。なんかマズイことでもいったのだろうか。言ったような気がする。利央も偶にこういう顔をする。あいつ曰く、「準サンは他人の気持ちなんてわかんないアイスマンだよ!」だそうだから。あ、なんか腹立ってきた。あいつ明日シメてやろう。
榛名が窓の外、先ほどから100メートルも変わっていない風景を見た。
「……ま、暇つぶしには丁度いいか」
「は?何の話だ?」
「よし高瀬、暇だしまだまだ動きそうにないし、特別にオレたちの昔話をしてやろう!」
アベが目を丸くして榛名をみている。オレはというとその後、状況を飲み込めないまま、40分以上にも及ぶふたりの『戸田北』の話を聞かされることになる。今思えばこの時が始まりだった。こいつらを応援してやりたいと思うようになったのは、こいつらを見届けたいなんて思うようになってしまったのは、大雪の日、普段は使わないバスに乗ったのがきっかけだった。
2008/2/14『2月某日バスのなか』