元々、そういう類の行事が好きな女性だということは、15年と11ヶ月とすこしの付き合いで承知していた。なにせ彼女は週に一度は「女の子がほしかったなー」とのたまうひとだ。だがしかし、とオレは思うわけだ。この光景を目の当たりにして。目の前には2メートル近くあるプラスティック製のモミの木(数年前、誕生日プレゼントと称して与えられた)と、それに意気揚々と飾りつけする母親と弟と、他校の先輩。リビングの入り口で立ち尽くすオレにいち早く気づいたのは母親だった。

「あ、タカおかえりー」
「おかえり兄ちゃん」
「おかえりー」
「ただいまー……って、なにしてるんすか、あんた」
「何って……飾りつけ?」

 そんな疑問系で言われても、と、オレは思うわけである。
 こう、なんでもお祭り気分でこなすところは日本人の美徳でもあるのだろうけれど、ともすれば外国の人には軽蔑されるという二面性も持っているわけで、特に、こういう宗教絡みの行事はそういうところがシビアに現れてくるものの一つだと、俺は考えている。阿部家は特にキリスト教を信仰しているわけではないが、しかし仏教徒というわけでもない。(祖父母の家へ行けば仏壇もあるが、我が家にはない。)要は、典型的な日本の家庭なわけであって、だから本当を言うとオレはクリスマスを祝うのには全面的には賛成しかねるのだけれど、それを言って、水谷に「ジジくさい」と言われたことは記憶に新しいし、先に述べたように母親はそういうメルヘンな類が好きでそんな彼女の愛情を一身に受けている弟はその影響でこういう行事が好きで、毎年楽しんでいるようだから、別に反対しているわけでもないのだが。
 だが、なんというか、非常に似合わないのだ。ツリーの飾り付けに、榛名元希という男は。

「じゃねーよ、なんで元希さんがいるの……」
「買い物してたら偶然元希君に会っちゃったから、遊びに来てもらったのよ。久しぶりだし、元希君大きいから、飾りつけ手伝ってもらっちゃおうと思って。お礼といっちゃあなんだけど、今日は夕飯食べてってねー」
「はーい、ありがとうございまーす。……つーわけ。つか玄関に靴あっただろ、そこで気づけよ。推理力ねーなー」

 推理力とか、そーゆー問題じゃねーだろ。つーか母さんはアレですか、暗にオレの身長のことを揶揄してるんですか。ていうかあんた、元希さんに抵抗なさすぎだろ。買い物っつったら近くのスーパーだろうし、そんなとこで元希さんが愛想良くしてるわけないし(というかむしろ近寄りがたいオーラを出してると思うんだけど)、唯でさえ目つき悪いしでかいんだから声掛けれないだろ普通。我が母親ながら恐るべし、だ。つーか元希さんも、ひょいひょい他人の母親についていくなよ!

「ほら、ぼーっとしないの。手ぇ洗って、あんたも手伝いなさい。母さんそろそろ夕飯作るわ」
「母さーん、夕飯なにー?」
「シュンちゃんの好きなビーフシチュー!……ほらタカ、さっさと動く!」

 急かされるまま鞄置きにいって洗面所に寄ってから再びリビングへ戻ると、そこだけ妙にふわふわした空間になっていて、オレの思考回路はたちまち鈍い音を立てて停止してしまった。漂う雰囲気は、あまりにシュールで、あまりにゆるい。

「シュン、そこの雪だるま4つ取って」
「えー、先に綿がいくない?」
「バーカ、綿は最後だろーが!おいタカヤ、ぼーっとしてないではやく手伝えよ!そこの雪だるま取って」
「………はい」

 あんたどんだけ雪だるま好きなんだよ。つかシュンはなんで元希さんにタメ口きいてんだよ。そして元希さんも注意しろよ。要望どおり4つのスノーマンを手渡すと、元希さんは嬉しそうに笑った。珍しく、お礼の言葉を頂く。なんかこのひと、いつもより楽しそうじゃないか。っていうか武蔵野はテスト期間じゃないんですか。

「やっぱ綿だって、元希さん。ね、兄ちゃんもそーおもうでしょ?」
「バッ、先に綿乗せたらどこに雪だるま吊るすんだよ」
「……雪だるまはどうでもいいですけど、綿は最後だ。っていうか一生懸命飾ったのに言うのもアレなんですけど、一番最初にライト巻かないと……最後じゃ変になるから。んで、ライトの次はモールがいいんじゃないですかね」
「え……、全部取るの?やりなおし?」
「なーんでもっと早く言わねーんだよッ!?」
「こっちは今帰ってきたばっかりだっつーの!オラ、さっさと全部外せ!やり直し!!」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、いろいろ考えて付けたであろうオーナメントを外していくふたりは、なんか本物の兄弟みたいだった。シュンも元希さんになついているし、下の子で弟のいない元希さんはああみえて結構面倒見がよかったりするから丁度いいかもしれない。なんて至極どうでもいいことを考えながらオレはライトの位置を指示するだけだったけど、元希さんは怒らなかった。というかむしろ楽しんでいるように見える。やっぱり、いつもとすこし雰囲気が違う。いつもより笑ってて、いつもより機嫌よくて、いつもみたいにヤラシイ声なんか当然だけど出してなくて、なんか、なんか。

「うっし、これでどーだ?」
「一回点けてみないと……シュン、プラグさして。……あー、そっち、元希さんの右手らへん、青かたまってますね。シュンのほうはライト少ないから、それ、もうちょっと下のほうに巻け……おっけー。んじゃ次、モール」

 いつもならまったくといっていい程ひとの言うことをきかないふたりを素直に従わすのはなかなか気分がいい。とりあえず作業の順番を一通り説明し、色や形のバランスをとるように言ってから、オレは飲み物を取りにキッチンへ向かった。野菜を炒めていた母親が足音に気づいて顔を上げる。こちらも、負けず劣らず機嫌がいい。

「ど?進んでるー?」
「うん、ちょっと休憩するから飲み物もってく」
「うん。あ、そーだタカ!デジカメ!お父さんの部屋からデジカメもってきて。で、作業してるとこ撮っといて」
「べつにいいけど、なんで」
「記念。それに元希くんがプロになったら自慢できるじゃない?」
「誰に自慢すんの……」
「いいから!それにほら、あのふたりの組み合わせって可愛いじゃない?」

 興奮していつもよりよく喋る母親を適当にあしらってからデジカメをとりに上に戻る。キッチンに戻って「撮ったー?」って聞かれるのが面倒だったのでそのままリビングに直行。言いつけどおり、試行錯誤しながら飾り付けをしているふたりは、母が言っていたとおり、妙に可愛らしい。特に元希さんなんか、多分女子が見たらきゃーきゃー言う感じだ。

「ジュースは?」
「ジュースはいま切らしてるんで、あとで牛乳持ってきます」
「ねー、兄ちゃん、これでどう?」
「おー、いいんじゃね?」
「じゃあ綿!元希さん、そこの綿とって!!」
「おう!」

 きゃいきゃい言いながら綿をちぎる様子も、可愛いといえば可愛い。この機を逃してなるものか!とは思わなかったけれど、オレはカメラのシャッターを切った。結構いい感じに撮れたを確認してからキッチンへ戻ろうとすると、母親の声。

「タカー、牛乳入れたから持っていきなさーい。で、元希君に泊まってったらどう、って聞いてみてー」

 オレがはっきり聞き取ることのできた彼女の声は勿論、オレから数メートルも離れていない元希さんにも届いていて、そのときの元希さんの顔といったら前言撤回したくなるほど憎たらしくてやらしい笑顔だった。どう見ても、可愛い部類には入らない。オレが口を開けるまもなくでかい声で快諾した元希さんの横で、シュンが無邪気に喜んだ。

 その日、夕食のときも風呂のときも、元希さんの機嫌はよかった。
 ついでにいうと、寝る前も起きてからも、元希さんの機嫌は本当に最高に絶好調だった。
 オレは次の日、酷い鈍痛で苦労した。



『17日前の、今日は8日』