最後に、シンクに残った水気を拭き取ってオレは息をついた。
洗浄器のスイッチを入れてから、下ばかり向いていてキモチワルかった首を回して鳴らす。ふたりで選んだ食器洗浄器は食った後そのまま突っ込んでもキレイに落としてくれるタイプだけど、隆也はどうも気持ち悪いみたいでいつも下洗いをしているから、そのノリでオレも下洗いしてから使うようにしている。なんとはなしにキッチンの窓を向いてみると擂りガラス越しにも外の青空がうかがえて、こんなことなら出かける計画でも立てればよかったと今更ながら後悔した。もう昼をとっくに過ぎている。今から誘ってみても行き先は大型スーパーと決まっているだろうし、そういえば、今日は隆也をゆっくりさせてやるのが目的だった。オフシーズンも勿論仕事はあるしトレーニングもするのだけれど、珍しく今日明日と連休がもらえたので、この機にいつも家事と仕事を両立させている隆也を労ってやろうとそう思っていたのだ。それなのに昨日は2連休に浮かれて、飯の後すぐに隆也を頂いてしまったから(そのせいで隆也は夕飯の後片付けができなかったから今さっき、オレが今朝と昼のぶんもまとめて洗った)、オレもいい加減情けない。もう二十歳もとっくに過ぎているのだから中高生みたいにガッつくのは恥ずかしいしやめようとも思うのだろうけれど、隆也が無駄にエロいから仕方ない。とか思うオレは相当バカだ。でも可愛いものは可愛いのだから仕方ない。実際、シニアの頃とは質の違う可愛らしさに、正直参っている。
light magenta
「タカヤー、片すの終わったー」
リビングの扉を開けるけれど姿は見えない。ソファを覗き込むと寒いのか、体をまるめて隆也が眠っていた。とりあえず、点けっ放しになっていたテレビを消して、再び視線をやる。規則正しい寝顔には昨夜の妖艶な様はまったく見て取れなくて、このギャップがたまらなく良いんだよな、と思わず独り言。重症だ。空調は完璧だとはいえ、こんなところで眠っていては風邪を引く。毛布でも持ってきてやろうかとも思ったが、面倒だったのでやめた。それより一度起こして寝室へ連れて行ったほうが早いだろう。今日は晩飯でも作ってやろうか、なんてできもしないことを考えていると隆也がちいさく身じろいだ。ん、と薄い唇から漏れた声は、やっぱり昨日の乱れようとは程遠くて、オレはわけのわからない罪悪感に襲われる。ふたりとも成人してるんだから別に犯罪じゃねーのに。
「ん、…あ、もときさん?」
「おう、皿洗い終わったぜ。……つかこんなとこで寝るなよ、風邪引くだろーが」
「…すみません」
その様子が、だからホント、あんまりにも可愛らしいものだったかったから、オレはまだ半分寝ぼけている隆也の、見た目よりずっと柔らかい髪の間に指を滑り込ませた。地肌から伝わる体温が心地いい。隆也も眠そうな声を上げながら、けれどされるがまま、それどころか気持ちよさに負けて再び眠ってしまいそうだった。
「たーかーや、寝んなって」
「んー、…ァかってますよ…」
「わかってねーだろ、ったく……」
仕方が無いので抱き起こしてやろうとソファと隆也の腰の間に腕を入れて、でもこれじゃあ負担がかかるしうまく起こせないと思ったからそのまま腕を脇までずらしたら、なんか勘違いした隆也が困ったような怒ったような、でも眠い、が一番勝ってる表情で、寝起きの枯れた声で。
「………したいの?」
「え、…………うん」
いや、今のは明らかに隆也の勘違いであってオレは本当にそういう気は断じて微塵も無かったんだけど、でもこいつにこんな顔と声で言われて断れるはずはなくて。自分から誘ったくせに初めてみたいに顔を赤くした隆也は、まだ寝ぼけてるのかなんなのかわかんねーけど小さく「オレも、したいです」なんて言いやがったから、オレは精一杯照れを隠して、抱き上げた、子どもみたいな温もりと一緒に寝室に向かう。
腕の負担とかそんなん、今はどうでもいい。