Attention!
この話はオリジナルキャラ(武蔵野1年)の視点で描かれているハルアベです。
読んでいてげんなりする内容なうえ、無駄に長いです。しかも若干下品というかエロいというか、痛いです。それでもよろしければどうぞお読みください。尚、読後の苦情は一切受け付けませんのでご了承ください。
オレがあのひとを知ったのは中学時代だった。
戸田北の榛名元希は当時から地元シニアの間では結構有名で、オレも名前はよく聞いたし、実際試合にも何度か足を運んだ。中学生とは思えない体躯とそれ全体を使って繰り出される剛速球は、当時のオレには眩しすぎる程で、今思えばその瞬間からオレはあのひとをそういう対象としてみていたのかもしれない。というわけで高校受験の際、オレは迷わず武蔵野第一を志望し、なんとか合格することが出来た。そうしてやっとオレは、榛名元希の後輩になることが出来たのである。シニアの頃はオレが一方的に『知っていた』だけだったから榛名先輩にしては勿論初対面で、第一印象は意外に愛想のあるひと、という感じだった。マウンドでの無表情と捕手のサインに度々首を振っていたことからオレは勝手に彼を冷淡な男だと決め付けていたから、友好的に接してくれる先輩がとても近くに感じられて嬉しかった。
秋頃からだろうか、練習が終わる頃になると、門柱に凭れている他校生を見かけるようになった。一見制服のように見える上下だったが、どこにもエンブレムなどはなく、けれど、当然だけれどオレはそのことに対して別に何を思うでもなく、同級生の友人とじゃれ合いながら何事もないように(実際ないのだけれど)門をくぐっていった。一月ほど後、更衣室で秋丸先輩がタカヤなる人物について話していたのを聞いた。どうやら門で誰かを待っている男子がタカヤだそうで、そのときもオレは何を思うでもなく、唯聞き流していただけだった。
短い秋が終わりを迎える頃、オレは多分初めて、榛名先輩と帰ることになった。オレと先輩は帰る方向が逆なので門まで、しかも他の部員も一緒だったが、それでもひどく嬉しかった。部室から門までの距離がもっと長ければいいと、そのときばかりは心の底から思った。
その日も、他校の男子タカヤは門柱に凭れ掛かっていた。自転車を押しながらぞろぞろと歩いてくるオレたちを見とめると、彼は足元のスポーツバッグを肩に掻け、弄っていた携帯電話をしまった。最初に彼に声を掛けたのは秋丸先輩だった。久しぶりだね、とかそういう当たり障りのない会話が門付近で始められる。勿論、先に帰ってもいいのだけれどオレはタカヤが少し気になったし、同級生もたぶん興味があったのだろう、黙って秋丸先輩と彼の会話を聞いていた。どちらかというと寡黙なイメージがあったタカヤはしかし、案外気さくに話をするタイプのようだ。練習試合を組むとか組まないとかの話題も出たので、彼も野球部なのかもしれないと思っていると後輩を気にかけた秋丸先輩が、タカヤが西浦高校の捕手だということを教えてくれた。
「西浦つったら夏大で桐青に勝ったあの西浦っすよね!?」
「そうですよ」
人懐っこい友人が話しかけ、それににこやかに応えるタカヤ。他の部員もあのシーソーゲームの内容に食いついて、見る間に大きな会話の輪ができあがったが、人見知りをするタイプのオレは輪に入ることが出来なかった。それよりも気になったのは同じく会話に入ろうとしない榛名先輩で、彼は至極暇そうに大きなあくびをしていた。目が合うと小声で「話長ェよな」と微妙な表情で話しかけられて、俺も曖昧な顔で「そッスね」と微笑んで見せたけれど実際かなり緊張していた。いかにオレといえどももう半年以上も一緒に部活しているひとに馴染まないわけでは勿論ない。唯、榛名元希はオレにとって特別な存在で、だから今でも一対一で話をするときはてんぱってしまう。しかも、榛名先輩はひとと話をするとき目を見つめるタイプだからこちらの緊張も半端ではない。なんとか感情を表にださないようにしながら再びタカヤに目を向けると、今度は彼とも目が合って、大きなタレ目になにもかも見透かされているような気になった。やはり捕手は観察力が凄いのだろうか、などと的外れなことを考えていると、遂に痺れを切らした榛名先輩が口を開いた。
「もーいいだろー、オレ腹減ったし……オラ、帰ンぞ」
けだるげな先輩の言葉に返事をしたのはタカヤで、オレがそのことを疑問に思う間も驚く間もなく、タカヤはスポーツバッグを榛名先輩の自転車の前カゴに入れてハンドルを受け取った。おさきー、と、荷台に跨った先輩の間の抜けた声。軽く会釈してペダルを踏み込むタカヤ。ふたりに手を振るのは秋丸先輩で、彼は榛名先輩とタカヤがシニアで一緒だったことを教えてくれた。その瞬間、まるで漫画のワンシーンのようにオレの脳内を稲妻が貫いた。オレからなにもかもを奪ったあの剛速球を受けていた捕手が、タカヤだったのだ。秋丸先輩の、たまには自分が漕げばいいのになァ、という呆れたような声も、そのときのオレには届いていなかった。羨望と、僅かな憎悪と、あとなにか得体の知れない感情が一瞬で体中を駆け巡っていたのだ。
当然ながら、オレはふたりの関係が気になった。戸田北は名前呼びが定着していたというし、唯の先輩後輩と考えるのが筋だが、しかしそれにしてもなにかがひっかかった。秋丸先輩はふたりを「いろいろあった仲だからねー」などと茶化して言うが、そのいろいろを語ることはなく、そのことがさらにオレの疑心を増幅させた。しかし榛名先輩は秋丸先輩がタカヤの話しをしだすと至極嫌そうに眉を寄せたし、自分からタカヤの話をすることは一度もないのだ。オレは榛名先輩の恋人でもなんでもないのに何故か、タカヤに榛名先輩を盗られたような気になっていた。校門で先輩を待つタカヤとすれ違い挨拶をするたび、もうお前の先輩じゃないだろう、と言ってやりたい衝動に駆られた。しかし勿論、そんなことを言うわけはなく、唯悶々としながら数ヶ月を過ごした。
その日は雪こそ降ってはいなかったが酷く寒い日だった。土曜日だったということもはっきり覚えている。帰宅途中、部室に携帯電話を忘れたことに気付いたオレは、日曜は久々に部活のない日だったので、面倒だと思いながらも今しがた通ってきた道を戻ることにした。皆で部室を出たので残っている部員はいないはずだ。スクールキーパーに鍵を借りてすっかり日の落ちた校庭を通り部室へ向かう。自転車を漕いでいたので身体は温かかったけれど部室には金属独特の冷たさが満ちていて、体温をとられてしまうような気がした。自分のロッカーの前で携帯電話を見つけ、さて帰ろうと思ったとき、ひとの声が聞こえてきた。聞き間違えるはずはない、榛名先輩と、余り覚えていないけれど多分、タカヤの声。オレは、そうする必要はどこにもなかったのに何故だか解らないが慌てて備え付けの掃除道具入れに隠れた。アルミの冷たさが体温を奪うのがわかったが今はそんなことはどうでもよかった。今ならまだ間に合う。急いで掃除道具入れから出れば、何食わぬ顔でふたりを迎え入れることもできる。「ケータイ忘れてたンすよー」とふたりに言う自分の姿がイメージできた。しかしもしかしたらオレはふたりの真実を知ることが出来るかもしれない、とも思ったし、タカヤとふたりきりのときの榛名先輩を知りたいとも思った。どうしようか迷っているうちにふたりぶんの足音が部室の前でとまる。もう道具入れに入っておくしかない。鍵はオレがもっているから閉じ込められることもないだろう。
「あれ、開いてる……」
「無用心ですね。ていうかオレ、部外者なのに入っていいんですか」
「別にいーだろー。誰もいねーんだし」
ガチャリ、と重いドアが開かれる音が聞こえて、オレは身をかたくした。ふたりが入ってくる。
「つかアホですか。なんでケータイ忘れンだよ…」
「うっせーなー!しゃーねーだろー。秋丸には言うなよ、また説教される…」
「カレーうどんで手を打ちますよ」
「爺クセーな…」
寒い、とタカヤが小さく呟くのが聞こえた。榛名先輩が部室の奥へと入ってくる。寒いならドアを閉めろ、と少し乱暴にタカヤに言って、ドアの閉まる音。外の光が小さな窓からしか入ってこなくなった。
「スイッチ、どこですか」
「あ?」
「灯りつけなきゃよく見えないでしょーが」
「もう2年も使ってンだから自分の場所くらいわかるっつーの。馬鹿にすんな」
「万が一突き指でもしたらどーすんですか。いい加減投手の自覚もってくださいよ」
榛名先輩のロッカーは掃除道具入れからは離れている。オレは助かったような、残念なような複雑な気持ちになった。結局なにをしたいのか、自分でも解らない。
「オレはミハシじゃねーんだからそんなドジしねーよ」
「はあ?なに言ってるんですか、三橋とアンタが一緒なわけないでしょ。第一格が違うし」
「あぁ!?んだとテメー」
ミハシというのは多分、西浦のエースだ。コントロールが抜群にいいらしく、噂ではストライクゾーンを九分割できているらしい。軽口を叩きあいながら榛名先輩は携帯電話を、多分いつもみたいに乱雑に鞄にしまった。ファスナーを閉める音が聞こえて、よし、と榛名先輩が立ち上がる気配がする。帰りますよ、とタカヤの声が聞こえて、けれど榛名先輩が動く気配はしなかった。
「タカヤ……」
驚いたのは、その声が榛名先輩のものとは思えないほど低くて艶っぽかったことだ。掠れ気味の声に誘われるように、タカヤが先輩に近付いた気がした。オレは不安と期待で自分が壊れてしまうのではないかと思った。
「アンタ最初ッからこーゆーつもりで電気つけさせなかったんですか…。冗談じゃねーよ、帰りますよ。此処寒いし、腹減ったし…だいたいオレ部外者だし、明日部活あるし」
「そのうち暑くなるって。カレーうどんあとで奢ってやるし、な?……たかやぁ」
「アンタは明日休みだからいいけど、少しはオレの身にもなれっつって……ん…」
苦しそうな息遣いが聞こえてきて、オレは寒さとは別に体が芯から凍る感覚を覚えた。耳を塞いでも聞こえてくる濃厚な音に、気が狂いそうになる。漏れる吐息がどちらのものかなんて解らないし、解りたくもなかった。しかし思いとは別に耳は、布がすれる音さえもひろってしまう。
「ん、……あッ、や、元希さ、…触ン…な」
「触んねーとキモチくなんねーだろー。もう諦めろ」
「…ぁ、ン…っだ、…誰か来たら…っ…」
「あー来るかもなァ、鍵開いてたし。でもおまえ、そーゆーの好きだろ?」
「なッ……、んっ、や、も…もときさ…」
「タカヤ、すっげーいいにおい…」
耳がふたりの会話と布の音、粘着質な音までを一つ残らずさらってくる。オレは泣いていた。泣きながら、ふたりに興奮してしまっていた。ドスン、と掃除道具入れと隣り合っているロッカーにふたり分の体重が掛かる。徐々に荒くなっていく榛名先輩の息遣いと、ロッカーを揺らす振動にあわせてタカヤの、女みたいに喘ぐ声が聞こえた。身体を打ち付けあう音と振動がロッカーから掃除道具入れへとつたわり、それでオレは馬鹿みたいに興奮して、無意識のうちに自分を慰めていた。律動にあわせて、仕舞いには「もときさんもときさん」と、舌足らずな言葉しか言わなくなったタカヤは最後にはひっ、と息を吸い込んで達した。榛名先輩とオレも、後を追うように達して、部室はふたりの荒い息とオレの抑えた声と独特のにおいでいっぱいになった。オレは泣いていた。けれど、本当に自分でも思考回路がどうかしているとおもうけれども、何故か清々しかった。
しばらくして後始末をしたふたりは部屋を出て行った。オレは足音が遠のいたのを確認してから、暗くて寒い部室の中で自分の後始末をした。その晩、オレはシているふたりを想像して抜いた。
「よーっす」
「はよっス!」
月曜日。榛名先輩は何事もなかったかのように朝練に来て、一昨日にはさんにんぶんの精液がばら撒かれた汚い部室で、何事もなかったかのように雑談して、着替えた。オレも、なにも知らないふりをして笑ったりふざけたり、何も変わりなく過ごした。オレは榛名先輩が好きだ。けれど榛名先輩はタカヤが好きで、タカヤも榛名先輩が好きで、そこに俺の入り込む余地なんかありはしない。けれどオレは今のままで満足だった。中学のときは遠くから見るだけだった眩しすぎる存在。高校に入って後輩になって、唯それだけのどこにでもある関係。けれどオレは知っている。榛名先輩がどんな声で煽ってどんな声で堪えるのか、どんなふうに触ってどんなふうに触られるのか、唯の後輩なら知ることの出来ない榛名先輩を、オレは知っているからそれで満足だ。だからオレは今日も良い後輩たちのひとりとして部活に励み、おそらく今日も門にいるだろうタカヤに軽く挨拶をする。家に帰って良いお兄ちゃんを演じきったあとは、部屋のベッドに腰掛けながら、あの日のふたりで抜くのだ。
『天上から堕ちた真っ赤な林檎』