唇に触れた生暖かくて柔らかい感触に、思考回路をショートさせられた。何も考えられないままあのひとを見上げたときのオレの表情は多分、西浦のメンバーなんかには見せられないものだったろう。
シニア時代。練習も終わって、既に皆帰った後だった。念入りにダウンするあのひとを手伝い、あのひとより少しだけ着替えのペースが遅いオレをあのひとがどうでもいい話をしながら待つ。いつもと同じ時間、いつもと同じ風景。真っ赤な夕日が小さくなって、あたりに夜が広がりだすころ。いつもと同じトーンで名前を呼ばれて振り返ると柔らかい、はじめての感触。触れるだけのそれは、その後あのひとが高校に行くまで続けた行為から考えると幼稚園児の遊びみたいなものだったけれど、それでもそれが初めての経験だったことは確かで。今だから笑える話、そのときのオレはなんでキスされたんだっていう疑問よりもよくも神聖なグラウンドで!っていう怒りに似た感情のほうが大きかった。(実際はグラウンドじゃなくて更衣室だけど)とんだ野球馬鹿だ。
あと覚えていることは、そのときのあのひとは無表情だったってこと。ひとの神経を逆撫でするような笑顔でも、目で殺人できそうな怒った顔でもなかった。唯の無表情は思い返せばあのときだけのようで、だから鮮明に覚えている。鮮明に覚えているということは、オレはやっぱりあのひとが好きだったのだろうか。あの頃のことは思い出したくないし、あんな関係に戻りたいとも思わない。けど、あのひとは最低な投手だったけど、こうして昔を懐かしむあたり、実際オレはあのひとのことは嫌いじゃないのかもしれない。もっと違う出逢い方をしていたら、もっと違う関係を築けたに違いない。惜しいことをした、とおもう。
今こうしてあのひとのことや、あのひととの初めてのキスを思い出したりしたのは、今日、久しぶりにあのひと以外とキスをしたから。無理やりというわけではなかったけれど、その場のノリでしてしまって、そのとき何故だかあの人を思い出した。そのとき初めて、オレは冷静な感情のままあのひとを思い出すことが出来た。「またあのひととああいうことができたらいい」なんて正直自分でもちょっとおかしいんじゃないか、っていうような考えが、よりにもよってあのひと以外とキスしてるときに頭を過ぎった。相手にしてみればわりとひどい話だ。
ゆっくりと、ケータイに指を這わす。あの頃から変わっていなければ繋がるはずの、ずっと避け続けていて、けれど一度も消そうとは思わなかった番号。『現在使われておりません』のアナウンスが再生されたとしてもそれはそれでよかったけれど、繋がって欲しいと思いながら通話ボタンを押す。繋がったらなんていおうか。あのひとは声だけでオレだとわかるだろうか。今はあの頃に比べてすこしは性格もよくなったみたいだから、気さくに話しをしたり出来るだろうか。シニアの話題になったとしてもこっちから謝ってやる必要はない。むしろあのひとのほうが気にしてるみたいだから、もしかしたら上手く修復できるかもしれない。そうしたら、進める気がする。もうバッテリーではないけれど、それ以外のいい関係が築けるような気がする。繋がってくれ。お願いだから、繋がってくれ!

最終