男同士でヤるってことには罪悪感も何も無い。
そりゃあ、ひどく非生産的ではあるけれど、軍学校にいた頃はそれこを女を買うなんてことご法度もいいとこだったから自然、性欲処理は同性ですますようになった。性欲処理。そこには当然愛なんてロマンチックなものは微塵も無いわけで、だから今日どうしてタメとはいえ直属の上司を抱いたのか、と訊かれると「性欲処理」と答えるしかなくなる。でも実際のところそれはハズレ。俺はどうも昔からセックスを性欲処理とは考えていないようで。それは性欲云々よりむしろ、なにかに苛立ったり落ち込んだりしたときの鬱憤の捌け口だったりする。丁度、女がやけ食いするような感じ。
俺が苛立つとき。
例えば、自分がバケモノになってしまったとき。面と向かってそう告げられたわけじゃない。偶然医療部門のドジっ子(確か、ミランダとかいう娘)が落とした書類に書いてあったのを目にして、持ち前の記憶力の良さで脳に焼き付いた。具体的に俺のことは書いてなかったけど、多分俺のことだ。ミランダ嬢は書類を慌てて拾い上げたし、その後リナリーからも何も言われなかったから俺には隠していくつもりなんだろう。だから俺もなんともないような素振りをしてみたけど内心結構キツかった。だってさ、発作的にすっげー馬鹿力で暴れて、しかも最中の意識っつーか記憶は全く無くて、おまけに寿命が短い、なんて結構最悪だとおもうんさ。
で、自棄になって先輩を抱いてしまった。珍しいことに、今かなり後悔している。理由の大部分は、俺があの人を敬愛していたことにあるとおもう。偉そうで無愛想で、口を開けば悪態か嫌味しか出てこない人だけど、そのぶん、陰口とか言われてないような気がして、今までのほかの人間とは違うように思えた。本当のところどうだか知らないけど一緒に任務についたときのあの人の無駄の無い戦い方は凄いとしか言いようが無くて、純粋に、尊敬した。だから、抱いてしまったことで今までの関係が壊れてしまうような気がした。今までみたいに気を遣わない関係じゃいられないような気がした。
薄汚れた夜空に、星なんて当然あるはずもなく。
吐き出した紫煙はすぐに消えてしまった。煙が確かに存在した痕跡は鼻を衝くキツい香りだけで、それが後悔をさらに大きくするように思えて、俺はテラスから火がついたままの煙草を投げ捨てた。そういえば今の部に移転した初日、コムイか誰かにポイ捨て注意されたことがあったっけか。
ベランダと室内を隔てているガラスから、先輩の白い背中がみえた。よく見えないけど多分なんか電話中で、俺は部屋に戻るかどうか考えてやっぱりもうすこしベランダにいることを決めた。抱いといてなんだけど、人のプライバシーにはあまり深く関りたくない。特にあの人のプライベートは“唯ならぬ何か”がありそうな気がした。聞き間違いかもしれないけれど、以前廊下ですれ違った科学開発の人間があの人のことを「あの方」って言ってたから、もしかしたら社長の愛人だったりするのかもしれない。だとしたら結構危ないのは俺だ。かなり昔、人のモンに手ェだして袋叩きにあったことがあるのを思い出して、俺は自嘲気味に笑った。
兎に角、神田ユウのプライベートには関りたくない。仕事上の“いい相棒”でいたいのだ。
でも、関係をもってしまったからもう戻れないかもしれない。仮に、先輩が普段と変わりなく接してきたとしても、俺は多分昨日までとは同じようにいかないだろう。セックスしたこと自体が大きな問題でなくとも、俺は戻れないだろう。
自棄になって先輩を抱いたたことを後悔している理由の大部分は先輩を敬愛しているからだ、ってさっき自分で考えたけど。あれは少し嘘だ。勿論、あれも理由の一つだけど、大部分じゃない。本当の理由の大部分は、先輩の、触れてはいけないところに触れてしまったことだ。疲れて眠った先輩が、泣きながら祈るようになにかを謝り続けていたことを、当然先輩は知らない。俺だって見るつもりはなかったけど、普段気丈な先輩が怯えるように誰かに謝罪する様は、たとえ夢だとしても後輩である俺にしては認めたくないことで、先輩も知らない先輩の一面を知ってしまったことは、軽い気持ちで行為に及んでしまった自分を責めるにはもってこいの理由だった。
先輩が受話器を置いたのを確認してから部屋へもどる。
外よりもすこしだけ暖かい部屋で、先輩は着替えていた。というより、既に着替え終わっていた。時刻は午前5時前。会社の敷地内にある寮のような部屋から出勤するには些か、いや、かなり早い時間だが。
「……なにみてんだよ」
「いや、寝ないのかと思ってさ……」
「もう明け方だろーが。てめェもさっさと部屋戻れ。怪しまれンだろ!」
「一緒に出勤とか……しないよね、当然」
「たりめーだ。寝言はてめェの部屋で寝てから言いやがれ」
「つか、明日…つーか今日だけど、一緒の任務じゃねーの?」
「知らねーよ、コムイが言うならそうなんだろ。オラ、さっさと着替えて部屋から出ろ。あー、ソレは洗濯出すから、そのカゴん中入れとけ。つかついでにお前が出しとけ。近いだろ」
言われたとおり、脱いだバスローブを洗濯籠と思しきプラスチック製の容器に入れ、当然ブーイング。確かに俺の部屋はクリーニングルームに近いけど、何で上司の洗濯物までもっていかなきゃなんねーのさ。
「……上司命令だ」
「こんなときだけ上司風ふかすなよ……」
「ンだと!?俺は常に上司っぽく振舞ってンのにてめェがそれを尽く―――――――!」
「あーはいはい、出せばいいんでしょ!出せば!わかりましたよ、セ・ン・パ・イ!そんかわり、俺の部屋まで取りにきてくださいね!流石の俺も宅配はやってないんでー!」
「……かわいくねー奴」
「そりゃーユウちゃんのキュートさの前では俺なんてカスさ〜」
「てめッ!もっぺんいってみろ、その瞬間に殺すぞ!」
小声で言い争いながら部屋を出た。
俺は先輩の洗濯籠を抱えてひとり、クリーニングルームへ向かう。先輩はというと、どうもコーヒーを飲まないと一日が始まらない根っからのサラリーマンな人種のようで、自室でモーニングコーヒーをしているはずだ。
一度部屋へ戻り、自分の分の洗濯物を袋に詰めてクリーニングしに行く。
誰もいない早朝のクリーニングルームで喧しく稼働する2台の機械がなんだかくすぐったく感じて、ふたり分の洗濯物を畳む間、妙に暖かい気分になった。
4時間後、出勤したオフィスに先輩の姿は無かった。
限りなく不感症