その瞬間、俺のなかの全ての細胞は自らの業を忘れ去り。
指が触れるたびに電撃が身体を貫くような感覚に襲われる。撫で回すばかりで肝心なところには触れないじれったさが神田を僅かに苛立たせた。それは煽るためのものではなく、唯の優柔不断だと解っているから尚更。器用に動く指はまだ何かを迷っている。馬鹿らしい、と思った。なんの生産性もない行為をするというだけでも十二分に馬鹿らしいというのに、馬鹿になりきれないでいるなんて本当に馬鹿だ。我慢しかねた神田は同じところばかりを行き来する遠慮がちな手を掴むとその指を自分のそれと強引に絡めた。上に乗るひとの表情が僅かにこわばる。
「先輩………?」
「……ッ、はやくこいよ」
困ったように眉を顰めた男の手はやがて、先程とは明らかに意味の違う動きを見せた。なかに指が入るたび増えるたび、なかで折り曲げられるたび、新しい快楽が次々と生まれては神田を酔わせる。全てを忘れ、目の前の快感だけを貪欲に求め続けた。
貫かれて揺さぶられて、いよいよ神田は意識のなかに霞をおぼえる。もうそろそろだ、と久しい感覚を取り戻した頃、同じようなことをラビが思っていたことは勿論知らない。絡めた指に力を込めて伝えようとするが力が入らない。唯でさえ自身の意味の無い喘ぎを煩わしく思っているのに、ものを言おうと口を開くなど、できるはずもない。しかしこのまま何も言わずに達するのは相手に対して失礼だとも思うわけで。結局声帯を震わすほか方法は無いのだということを思い知る。
「……ッ、あ……も、ラビっ!…」
「センパイ………ッ」
「はぁ、あ……ん、ラビ…ッ」
目の前が白んで、やがて徐々に暗くなる。落ちていく意識のなか、とりかえしのつかないことをしたという自責の念ばかりが残って。涙が頬を伝った本当の理由には気付かないふりをしようと思った。
なにかの気配に驚いて眼を開けると、隣で相棒が動いていた。なんでいるんだ、から俺は相当の馬鹿だ、まで一通り自己嫌悪した後、神田は口を開く。今何時だ?思ったよりも声がかれていたので空調を調節しようとリモコンを捜しているとなぜかラビが放ってよこした。4時前さ。液晶の表示は通常の設定とは異なるもので聞けば、ああ、俺も喉痛かったから弄ったんさ、と返ってくる。なら最初からそういえよ、といいたかったが身体も口もだるかったので神田はリモコンを的外れなところへ放っただけだった。
「……眠れないのか」
「んー」
言いながら脱ぎ捨てた服のポケットを探ってラビは煙草とライターを取り出す。さて、火をつけようかというところでやっと、彼は神田を見た。
「あ、悪ぃ。煙草無理だっけか?」
「………別に」
「や、嫌なら吸わんから」
「いいっつってんだろ。オラ、灰皿」
「……前から思ってたけど、香水といいこの灰皿といい、意外に趣味いいさ、先輩」
「……“意外”は余計だ馬鹿」
へらへら笑って男はくわえた煙草に火をつける。少ししてから漂う香りはあの甘さとは似ても似つかないキツイ香りで、それに何故だかホッとした。
「にしても、吸わねェのに灰皿もってるなんて、不思議ー」
「………寝タバコはやめろ」
不満があるような顔を向けるがやはりこの部屋の住人に言われてしまったのだから仕方ない、とラビはバスローブだけ羽織ってベランダへ向かった。紫煙の香りが徐々に薄まる。再び完ぺきな静寂の訪れたベッドのなかで、神田はからだをまるくする。どうしてこうなってしまったのか、わからないことも悩むことも沢山あったが、彼の脳には先程のラビの言葉がこびり付いていてそれどころではなかった。
――――――― 趣味いいさ
確かに、あのクロスの友人にしては至極まともな趣味をしていたようにおもう。あの世代のにんげんはティエドール然りクラウド然り、個性的な趣味の持ち主が多い。ソカロなどその最たる人物である。あのひとは落ち着いた配色を好んでいたから、全員が揃うような場では存在が霞んでしまうほどで、幼い頃それを指摘して笑われたこともあった。
『目立つことがすべていいことだとは限らないさ、クロスがいい例だよ。それに…これはユウにしか言わないけれど、私はあの面子のなかでは一番マシなセンスだと自負しているんだ』
言ってはいけないよ、面倒なことになるからね。
子供みたいにわらう表情が当時の神田には情けなく思えて、無性に腹が立ったのを覚えている。
かといってあのひとが突然、クロスのような奇抜な格好をしても腹を立てていたことは確実だが。あの頃のあのひとの優しさと自分の未熟さを思い起こしながら神田は自分にも聞こえないほどに声を洩らした。久々に口にした弱音は、シーツがのこらず吸い取ってくれる。
俺はまたひとつ、罪を犯しましたよ。
心地よいとはいえないまどろみを切り裂くように、備え付けの電話が目を覚ました。暗い部屋の中必要以上に光る蛍光色とけたたましい音は、この世界の全ての住人を叩き起こしてしまいそうで。無神経にも程がある組織の愚かさを、今更嘆く気にもなれなかった。
偏ル心