「ユウ。気付いてるんだろ?」

殊更笑みを深くし、長い足を組みなおして再び、その男は同じ質問を繰り返した。まっすぐ見つめられて、視線を逸らすことが出来ない。呼ばれた理由?解ってるに決まってんだろ。なめてんのか。とは流石に言えず、しかし目を逸らせば負けだと思ったので懸命に睨み返す。瞬きもしなかったから眼球は涙で潤され、それは男には違う意味で届いたのだろう。悪かった、と謝罪の言葉。いまさらおせーっつーの。

「泣くほど嫌か、ユウ?つかなんでそんな距離おくの?なんで敬語?俺のこと嫌いになった?」
「なにを―――――」

仰ってるんですか、と、最後まで紡ぐことは不可能だった。
目の前の御偉いお方は懐から愛飲する煙草を取り出すと自ら火をつける。直後、立ち昇る紫煙の鼻につく匂いが神田を取り巻いた。むせ返るような、ヴァニラの香り。最期の瞬間。指を離れ、弧を描き、血溜りへ。消える音、叫ぶ声。痛すぎる心臓。逆流するなにか。

「ッ―――――吸うんじゃねェよッ!」
「思い出しちゃった?」
「っせぇ…………消せよ」
「えー。もったいねーじゃん」

へらへらと笑うこいつは全て知っているから、だからこそ腹が立つ。それこそマジに腸が煮えくり返ってなにかが逆流しそうになった。なにかはきっと先程のコーヒーと付け合せの菓子。消してください。何度目かの懇願でやっと、男はそれを灰皿に押し付けた。空調がきいているから、すぐ匂いは消えるだろうけれど、それでも完ぺきに忘れられるまでこのムカつきは抑えられそうに無い。すぐにでも手洗い場に駆け込みたかったがそれはプライドが許さなかった。こいつにだけは負けたくない、と何故だか思った。

「呼ばれた理由、『G』な」
「………俺を疑ってんのか?」

まさか!男の大げさなリアクションが今は酷く胃に障る。

「お前は誰よりも知っている。だからその可能性は限りなくゼロに近いと、俺は考えてるんだ」
「ゼロじゃねェじゃねーか」
「まあそのへんはアレだ。ホラ、絶対なんて言えないだろ?お前は限りなく白に近い。クロスは手を引いてる。リナリーは当事者じゃない。……でも、同型なんだよなぁ」

誰かに身売りでもしたか。と能天気に尋ねられて同じテンションで切り返せるはずもなく、というか身売りなんざしてねぇよ。無言で睨みつけると男は降参、というふうに両手をあげた。

「まあ、その可能性は低い。お前は誰にも懐かないからな……あ、いや、ひとりいたか」
「………誰のことを言っている?」

心当たりはない。たしかにクロスとは切っても切れない仲ではあるが、それは腐れ縁というだけであって、「懐く」といわれる対象では絶対にありえない。ところが男は、神田が解っていることを前提で語るものだからまったく付いていけない。

「こないだ会った。射撃訓練してた。あれはなかなかの腕だと思うぜ。片目であれだけってことはそーとー鍛錬積んだか、そーとー昔から片目だったかだな。唯、気の迷いみたいなんがあるから……どーだろーなー。あーゆームラのある奴は実戦ではジョーカーみたいなもんだから」

そこまで言われてやっと、それが相棒のことであると解った自分は相棒失格なのではないだろうか、と一瞬思ってしまったが、別に夫婦というわけではないのだから、失格も糞もないだろう。それよりも、だ。

「あの野郎を疑ってんのか?仮にそうだとしても、自分で試してなんになるんだ!?あいつは其処まで馬鹿じゃねェよ。あいつは…………あいつはそんな奴じゃねーよ」

自分でも驚いてしまうくらい次から次へと言葉がとび出す。こんな男あいてに、よりによってあいつのことをこんなに必死にフォローするなんて馬鹿げている。馬鹿げているけれどそれでも、あいつに疑いが掛かるのだけは避けたかった。エゴかもしれない。それでも、あいつが疑われるのは嫌だった。

「いや、あの少年が犯人だなんていってないんですけど。まあバックに何かいるかも知れないとは思うけど……いやいや、あくまで可能性、ね?でもだってユウ、すごい懐いてるからさぁ」
「懐く?俺が?あいつに?」
「あら、違うんですか?おふたり、随分仲がいいように見えましたけど?」
「よくねー。つーか見てんなよ。気色悪ィ……」

きしょいって……酷ッ。
笑いながら次の煙草に手を伸ばすものだからいい加減腹が立った。やめろ、と一言。それだけで素直にやめてしまうのだから、さっきもそんなに吸いたいわけではなかったのだろう。唯の嫌がらせか、それとも他に意図があるのか。

「ユウ、あいつはやめとけよ」
「……やめるもなにも…もとからなにもねーよ」
「ユウ、理由はわかってるはずだ。だから今日、お前を呼んだ。あいつの右目、わかってるんだろ?おまえがあいつの過去をすべて調べたこと、俺が知らないとでも思ってんのか?あいつに圧力掛からないように手ェまわすのも、できるだけあいつの傍にいようとしてることも、ユウ、俺に言わせればな、そんなの唯のエゴだぜ」
「るせぇ……わかってる。でもティキ……本当になにもねーんだ。」

なにも、あっていいはずねーんだ。


とてとてたとたと