『赤い屋根の小さなおうち』の内部は鉄筋コンクリート剥き出しの冷えた場所だった。

「幼女の夢ぶち壊しさ〜」
「いいからさっさと歩け」

以前の場所と同じように、地下へと坂道が続く。ただし、今度は隠してなどいなかった。小屋の扉を開けるとすぐに其れがあらわれたことから、此処は老婆のいた小屋と違って、本格的な実験が行われていたと推測することが出来る。

「今のところ、ライトは要らないようだな」

建物の中や地下への道の天井には等間隔で証明が埋め込まれ、ぼんやりした光を放っていた。諜報部の勘は、どうやら当たっていたらしい。この施設はまだ生きている。埃もないことから、かなりの頻度で人が出入りしていることが窺えた。慎重に相棒と歩調をあわせ、いつでも発砲できる体制で急な傾斜を降りていく。

3分も歩けば、平行な地面になった。果ての無いほどに続くまっすぐな廊下はやはりコンクリート独特の冷たさがある。わき道は無く、所々に小部屋があったが、しかし人の気配はおろか、あの化け物の気配さえ全く無い。

おかしい。施設は生きていて、人がいた形跡は確かに残っているのに。
まさか、気付かれたのだろうか。いや、それはないだろう。認めたくはないが、情報部門諜報部の実力は、それはそれは素晴らしいものだ。故に、情報が漏れたとは考えにくい。逆スパイでもいれば話は別だが、裏世界をも牛耳る会社を敵に回すほど愚かな人間はいないだろう。

「なあ」
「なんだ」
「此処、暑くね?」
「いや、むしろ少し肌寒いが……」
「………そっか。……てかセンパイ、彼女居るの?」

延々と続く道を唯黙々と進むのは、退屈だった。
途中喋りかけてくるラビをその都度叱咤していた神田だったが、そのうち彼も退屈に負けて、果てはラビの一方的な会話に適当な相槌まで打つ始末。任務中にあってはならないことだったが、それでも構わないと思えるほどに、何の気配も無かった。

「やっぱ暑いさ。見て。俺、汗かいてきたんだけど」
「………お前、本当に暑さに弱いな」
「雪国ってほどじゃなかったけど、生まれが結構高緯度なトコでさあ。だから寒さには強いんだけど……暑いのはマジむり」
「そうか………で、いつ軍学校に?」

退屈とは人を変えるもので、神田も何時に無くお喋りだった。
銃を構える手はもう、下ろされている。

「ホントは死ぬまで村で農業する気だったんだけど、10歳のときに村、焼けてさあ。ほら、あのころって世界中が戦争してたろ?うちの村は平々凡々だったから関係ないと思ってたんだけど……なぁ……」

なるほど、8年前は世界大戦終結の1年前。
世界中何処にも安全な場所はないと言われていた頃だ。

「んで、なんとな逃げてスラムで暮らしてたんだけど、あしながおじさんに出会ってー」
「『あしながおじさん』?」
「しらねーの?投資してくれるおじさん」
「知らねェ。」
「へー。俺の村では有名だったんだケド……絵本とかあったし」
「俺はお前と違って都会生まれの都会育ちだからな。片田舎の文化には触れたことが無いんだ」
「田舎を馬鹿にしているね、ユウちゃん。ってか『あしながおじさん』結構メジャーさ」
「………ユウって言うな」
「なんで、いいだろ。タメだし、さ。」
「よくねーよ……つうか任務中だぞ。緊張感を持て」

といわれても、だ。
もう集中なんてとうに切れてしまっている。というか、この通路は何処まで続いているのだろう。いい加減うんざりしてきたので、ラビは歌を歌うことにした。大丈夫。小さい頃は村のばあちゃん達に『天使のよう(な歌声)だねえ』と言われ続けていたから、歌には自信があったし、結構俊敏なほうだから、なにかの気配は多分、神田より先に察知することができる。神田は大いにウザがったが、ラビは歌い続けた。レパートリーが尽きて、鼻歌を歌いだした頃、通路の突き当たりようやく其れらしい扉。

よく映画とかで世界を破滅させる兵器が隠されている場所だ、とラビは語る。

「んでもって、そーいうのって大概、小指ほどの大きさなんさ」
「………本当に映画が好きだな」
「今度観に行きましょうよ」
「ああ」

生返事なのか如何なのか、曖昧な返事を寄こしながら分厚い金属の扉を調べていた神田は、またため息をひとつ。

「バズーカーでも引きずって来ればよかったな………」
「『施設の破壊は最小限に』はどちらへ行ってしまわれたんさ?」
「………仕方ねェ、出直すぞ。どうせハズレだ。」
「おい、軽く無視かよ。っていうか此処まで来たのになんもなし!?」
「うっせー。文句あるならお前、車戻ってバズーカー持ってこい」
「ばぁか!こーゆーのは解りにくいとこに何かがあるんさ!」
「何かって何だよ?っていうか映画じゃねぇんだぞ!ていうか馬鹿って言ったなこの野郎」

仮にも上司の言葉を無視してラビは自分のハンドガンを神田に持たせ、遂には両手で扉を探り出した。

「おい」
「………」
「おい」
「………」
「チッ……おい、もういいだろ」
「いんや。きっとあるさ」
「ねぇって」
「………?」
「帰るぞ」
「ユウ、今日から俺をラビ様とお呼び」
「馴れ馴れしい!っていうか気でも狂ったか?」

その問いには答えず、ラビは扉から神田へ視線を移すとにっこり微笑んだ。

「鍵見っけ」

大きな扉の右端。一見凹みキズにしか見えない小さな窪みには確かにレンズのようなモノがはめ込まれていた。ラビは、本当にこういう類の映画がすきなのだろう。久しぶりの肉体労働ということもあって喜々としている。

「俺が覗いてみるさ」

大概の映画ではこういう物をうかつに覗けばレンズの向こうの『何か』と眼が合ってしまったり、眼球が串刺しになったりするだが、という一言を言う間もなく扉に顔を擦り付けるようにしてレンズを覗くラビに神田は一瞬息を呑む。唯でさえ独眼なのに、両目とも見えなくなったらどうするんだ。が、すぐにその考えは取り消した。

「どうせ開かねぇよ。仮にそのレンズに網膜認証の機能がついてたとしても、お前が認証されるわけねーだろ
「お。」
「あ?」



ガゴン。



「嘘だろ…………」

無機質な音を立ててゆっくりと開く扉の隙間から漏れるのは酷い冷気と焼けるように白い灯りだった。徐々に見えてくる部屋の中にはびっしりと並んだ試験管とその中には緑色の液体。

「ヒッ…………」
























薬ノ臭イ。
























『はい、全て正常です』
























眩シイ光。
























『完成だ、社長をお呼びしろ』
























乾イタ空気。
























『しかしッ…………これは違法です!』
























行キタイ。
























『我らの希望だ』
























此処デハナイ何処カヘ。
























『裏切るつもりか?』
























誰カ。
























『今更、だな』
























誰カ。
























『神への冒涜ですよ』
























誰カ早ク。
























『私が誰だかわかるかね?』
























早ク。
























『おいで、ユウ。』

























エエ、


























「ヒッ…………アアァァァァァアアアアアァァアッ!」
「ッ!どうした、ラビ!?」
「ッ………ハァ……アっ……う……ッ、っあ…ゲェえ……」
「ラビ!?………ラビッ!」



















エエ、貴方トナラ何処ヘデモ。






雪と泥が降るように