ゴミ捨て場から拾ってきたコンポにCDをセットする。
再生ボタンを投下すると、其処はもう俺だけの世界だ。

餓鬼の頃から煩い音楽が好きだったのは、生まれ育った長閑な故郷を失って流れ着いたスラムで毎日のように演奏されていたからかもしれない。やたらと響く重低音と耳障りなほどに甲高いギター。脳を直接揺さぶるようなリズムが心地よくて、落ち着く。















移籍して初の任務(偉いサンは『Gの一件』と呼んでいるらしい)以来、ラビは書類整理の毎日を送っていた。化け物にやられた肩はまだ全快しておらず、激しい戦闘はやはり未だ無理で、だから仕方のないことなのだろうけれど、やっぱり飽きてきて、そろそろエスケープしようかと煙草を胸ポケットに詰め込んでライターを捜し出して、それもポケットに詰め込もうとしたとき、横から現れた、ライターを奪う手。

あげた視線の先には煙草臭い(サボりから帰ってきたばかりであろう)上司の姿。右手には確りと文庫本を抱えている。男はにっこり笑った。

「訓練場、行ってきたら?」
「いいんすか?ってか俺のライター」
「無理しなきゃいいでしょ、鈍っても困るしね。」
「じゃ、いってきます……けど、それ俺のライターさ……」
「射撃訓練にライターは要らないよ?」
「…………」














誰も居ない射撃訓練場に爆音を響かせ、的を狙うのは結構爽快なものだったが、やはり肩を負傷しているせいか、思うように当たらない。いや、元々短銃は苦手なのだ。無傷であっても思うようにいかないだろうが、そこはそれ、やはり傷のせいにしたほうがやりやすい。

何度挑戦しても低いままのスコアに苛立ちを感じて銃を下ろすと同時にコンポは中盤のトラックを演奏し終えた。次の曲はこのアルバムで一番好きでない曲だ。どうにもテンションが下がる。こんなことならランダム再生をセットしておくんだった、と思いながらも訓練用のヘッドを装着しないのは、やはりこのアーティストが好きだからで。

そんな事を考えながら再び照準を的の心臓に合わす。
狙いを定めて、トリガーを、引いた。

少し右。
少し左。
上。
大きく下。
的外れ。

「チッ………」

どうにも上手くいかないのは音楽のせいでも自分の下手さが原因でもないことは解ってきた。さっきは自分で否定したが、肩の傷が原因のように思える。もう殆ど癒えかけているというのに、先ほどから痛みは酷くなるばかりだ。それに、痺れとは違う稲妻のような衝撃が時たまおこる。今もトリガーを引く際、電撃のようなものが肩を中心にして全身を駆け抜けた。痛いわけではない。唯、不自然なだけなのだけれど。

これはおかしい。
誰かに言うべきか否か。




「トリガーを引くときに手首が動いてる。もっと脇閉めて固定すればいいんじゃネェ?」

慌てて振り向くとYシャツにGパンというラフな格好の男が立っていた。最近はよく背後を取られる。男は密閉された部屋に反響する音を不快感には思ってなさそうで、というかむしろ楽しそうな表情で、口に煙草をくわえ、両手でトランプを弄んでいる。いかにも場違いな男に此処は禁煙だ、と教えるか否か迷っていると。

「聞いてた?俺のアドバイス」
「はぁ、どおも………ってかアンタ、だれすか?」

男は一瞬驚いたような顔をした後、にっこり笑う。
くわえた煙草は十分すぎるほど灰を湛えていて、いまにも落ちそうだった。

「名乗るほどのものではござらぬよ」
「はぁ?」
「ってか少年、ボリュームでけェな。耳悪くなるぞ。」
「俺、蝙蝠並みに耳良いんで大丈夫っす………」
「あ、俺もなのよ〜」
「はぁ……」

爆音の中で、何故かその男の声はよく通った。男はニカッと笑うと近付いてきて徐に俺の銃を取り上げる。受付に行って社員カード見せたらリースしてくれるのというのに。

「貸してみ」
「あ、ちょっとアンタ!」
「みてろよ、俺、まじ上手いから」

言葉どおり、男は凄腕のガンマンだった。ガンマンって古い言い方だけれど、でもその古さが妙にしっくり来る男だ。6発中クリティカルヒットが5発。外れた1発も確実にヒットして。

「な?脇閉めて狙うの。やってみ」
「いや、俺いつも脇意識してますけど……」
「いいから、いいから」

言われたとおりにやってみると少しだけマシな打ち方になった。
人が見ているといないとでこんなにも差が出るものか、と自分でも感心するほどに。

「ほらー、俺の言ったとおりだろ?……でも少年、篭ってないな」
「は?」
「気持ちっていうか、執念って言うか……」
「はぁ………」

男は短くなった煙草を真っ赤な携帯灰皿に入れ、新しい1本を取り出す。
出逢って数分の男に失礼だとは思うが、似つかわしくないその動作に呆けてしまうと、キッと睨まれた。

「おいおい、『会社は綺麗に』は基本中の基本だぜ?社則 第二条3項にあるだろ?『社員の心得』持ってる?」

何処から取り出したのか、ひらひらと緑色のハンドブックを見せられ、嗚呼そういうものもあったなぁ、と思っていると、また睨まれた。っていうか、そもそも此処は禁煙なんですけど。社員の心得は入社した週に無くしたけれど、きっと社則 第二条のどこかには記載されているはずだ。『喫煙はルールを守って』って。

「確り読んどけよ?ってか話戻すけど、気持ち込めろよ。弾の一発一発に。じゃねぇと戦場じゃァ死ぬぜ?」
「そりゃそーだけど、気持ちって何込めればいいんさ?」

人見知りの激しさは自覚していたラビだが、極端に馴れ馴れしく接してくるこの男は何故だか受け入れることが出来た。本人も気付かないまま口調が柔らかい。

「何って………そりゃーオマエ、人それぞれだよ」
「なにさそれ………」
「なんかねェの?愛とか怒りとか………憎しみとか」
「……ある………かも」
「へぇ」

男は少しだけ興味深げに。

「あんま憎いもんとかムカつくもんとかないけど、ひとりだけ居るんさ。殺したいほど………いや、殺しても足りないほど憎い女が……さ」
「コレ?」

笑って小指を立てる、ある意味古風な男の質問にラビは苦笑しつつ首を振って。

「そんな綺麗なもんじゃない……」







赤い世界で。







全てを奪った。







憎い存在。







俺は……………







オレハ。




「ま。どーでもいいけどよ。兎に角、心を込めて銃を扱いましょう。お前、どんな女に引っかかったのかしらネェケド、銃も女と一緒で丁寧に扱わないと機嫌損ねちまうからな」

ひらひらと手を振って去っていく男の背を、ラビはただぼんやり眺めた後、いつの間にか力強く握り締めていた短銃に目をやる。




「だから、そんなんじゃねって………」




CDはいつの間にか停止していた。





空を喰い破って