「すごいっすね、特殊メイク?」

今しがた跳んだばかりの生首を、拾い上げ、目線をあわせ、ラビは呟く。どこか嬉しそうに、しかし、やはり悲しそうな表情を浮かべながら明るい口調で。神田はそれに興味がないふりをして、視線は老婆に流したまま。

「さあな、其れは鑑識の仕事だ。………行くぞ」

こういうダンジョン系のゲームはプレイしたこともなければ観たこともなかったけれど、幸い、アドベンチャー系の映画は偶に観ていたのでなんとか攻略できそうだと、ラビは思ったことをそのまま口にしたら、神田に全てを任された。じゃあお前が地下への道を見つけろ。その横暴さに昨日まで上司だった男を思い出して、ああ、俺ってこーゆー、できてない人間の下につく運命なんだな、と思った。

とりあえず、そう広くない直方体なので、煙草を吹かしてみる。途端、神田の眉間に皺が入った。どうやら煙草が嫌いらしい。ぶつぶつと文句を言われたが、お前が見つけろと命令したのは誰でもない神田だったので、ラビは無視して煙草を吸った。地下空洞があるのならば、煙の流れが変わるはずだという予想どおり、直方体の角で、それまで漂うだけだった煙が一直線に伸び上がった。問題は、この床をどうやって抉じ開けるのかということだ。一服するラビの風上で神田は再び計画書に目を通す。写真に写っている人間は、1週間と間を空けずにこの場所を訪れているようだった。

「大掛かりな仕掛けではないな……どこかにスイッチかなにかがあるはずだ。」
「なるほど」
「探せ。」
「は?」

神田は不快気な表情で、自分より少しだけ背の高いラビを見た。やはり、部下に「は?」といわれて悦ぶ上司は、そういないものなのだ、とラビは思う。そんな彼の考えを知りもしない神田はもう一度、今度は少し強めの口調で言い放った。偉そうなセリフがよく似合う。

「探せ」
「いや、探すけども……アンタは?」
「………此処で誰も来ないか見張っておいてやる」
「あ、そ。」

要するに、自分は傍観を決め込むと、そういう訳か。
別にいいけど。手当たりしだいに触っていくのは危険だと思ったが、今は一刻も早くスイッチを探して自分を見下す神田を見返してやりたいと思ったので、ラビは必死に部屋中を探した。いや、別に神田はラビを見下してなど居ないのだけれど。

煙が立った床の真上の天井には何もなかった。逆サイドの同じような場所にも何もない。
ラビの短所は飽きやすいところだった。スイッチを探す、という、ゲームのような仕事にも、ものの数分で飽きてしまった彼は、困り果てて、なんとなく神田をみると、意地悪くほくそえんでいる。あ、ムカつく。

「……その窓を開けてみろ」

言われるままに窓を開けると、小刻みに床が振動し、床の一部が、小屋にそぐわないコンクリートでできた緩やかな斜面に変わった。

「スゲ……。映画みたいさ」
「アクションものが好きか」
「嫌いなんすか?」
「いや、好きだ。」

何処までも続く地下への下り坂は、酷く湿度が高いように思う。















モンスターというものをこの目で見るのは勿論、生まれて初めてだった。
坂を下りきったところでご丁寧にも待ち構えていてくださった、犬のような、狼のようなその生き物は、だが決して犬や狼ではなかった。血走った目と骨ばった体。それを取り巻く血管の浮き出た薄い皮膚は酷い悪臭を放っていて、そして何より不気味なのは、その身体から滴り落ちる緑色のスライムのような液体。

銃だけでは手に負えないほどの数を体術を交えて倒していく。
頭を飛ばされた魔物から飛散する液体が服に付着して動きが取りづらい。時間が経てば経つほどそれは粘着質になってきて。酷い吐き気と頭痛がするのはおそらく、この液体のせいだろうと、神田は考えた。

「このままじゃラチがあかねェ!二手に分かれる。お前は計画書どおりのルートで行け」

背中合わせになった一瞬のうちに神田は其れだけを告げると、次の瞬間にはラビの視界から消えていた。上の小屋とは比べ物にならないほどに広い地下にコンクリートで創られた巨大ラボのような空間には、使用方法のわからない器具と魔物と、自分しかいない。あまり楽しい状況ではなかった。計画書どおり行くには隣の部屋にあるエレベーターに乗り込んで更に地下へ下りなければならない。だが、其れさえも困難なほどに魔物の数は多かった。ひたすら、多かった。

人を殺すのは嫌いじゃない。
だが、相手が人以外のもので、尚且つ、飛散するのが血液以外の得体の知れない液体なのだから、あまり気持ちの良いものではなかった。本当に映画の主人公になったような気分で、なんとか隣の小部屋へ移動し、ドアを閉め、ロックをかける。逃げ込んだ部屋に魔物の気配は、無い。

息を整えるためにドアに凭れ掛かりながら、弾を込めなおす。追いかけてきた数体が吠え立ててドアを掻いているのが背中に伝わる振動でわかった。破られるのも時間の問題かもしれない。凭れ掛けていた背中を離そうとした瞬間。

「………ッ」

左肩に激痛が走った。
角のようで、大きすぎる爪のようなものが、金属で出来ている厚いドアを貫通し、自分の肩をも貫いている。緑色の液体が、自分の体液と混ざり合って床に垂れるのを、ラビはぼんやりと眺めた。やはり、あまり気持ちの良い光景ではない。相手が抜くのを待つか、自分から抜こうか迷っていると、突然酷い嘔吐に襲われる。

「……ヒッ…ぅ・ヴぉェ……はァ、ぐっ……ゲホッ…あ、っ……え゛ッ………は、あッ」

胃が競り上がって来る様な感覚。
其れと同時に自分が脈打っているのがわかるほどの酷い頭痛に襲われ、たまらず膝をつく。貫通したままの魔物の鋭利なものが肩の傷を大きく抉って抜けた。


胸が、痛い。
息が、できない。
悪寒が、止まない。
頭が、痛い。


飛んでしまいそうな意識を手放さないために、貫かれた肩に銃弾をぶち込む。はたしてこの行動が効果的だったのかは判らないが、それでも気休めにはなった。背後でドアを破られるのを感じながら、必死で計画書を思い描き、エレベーターを目指した。

ガラス張りのカプセル状エレベーターにたどり着いた頃にはわき腹の肉を喰われていた。
かなり朦朧とする意識の中で、何故だかあの上司兼相棒の顔がちらつく。急いで『close』を押すと乗り込もうとした魔物がガラスにさえぎられ、瞑れた。魔物の肉片をこびり付かせたまま、エレベータは更に地下へと降りていく。




軽やかな暴走